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第11話 最強兵器と真っ向勝負



 炎の蛇たちが四方八方からメルトに襲いかかる。

 少女は人間離れした身のこなしでそれをかわしていくが、屋上の地面も、フェンスも、炎に触れたものはすべて一瞬にして灰と化していった。


「逃げるのが精一杯かしら? 『死神の死神』などといっても、所詮は雑魚狩り専門でやってきただけですものねぇ」


 右腕を天にかざしながら、ペルミナはこれでもかとばかりに高笑いをしてみせた。

 彼女の最強魔法『神炎プロヴィネンス』は攻防一体の奥義だ。

 無数に枝分かれしながら自立行動する炎の群れは、主人を守る盾であり、敵を捕らえる檻にもなる。


 未だかつて、メルトもこの魔法を攻略したことはない。まともに戦うにはリスクが大きすぎるからだ。

 しかし――今こそ、それをしなければならない時なのだと、彼女にはわかっていた。


 炎の牙がかすめるたび、凶暴な熱がじりじりと肌を焼き、衣服を焦がす。

 死闘のさなか、メルトは屋上の片隅に視線を投げた。

 燃え残ったフェンスに引っかかり、風にたなびいている物体。

 ――血に濡れた制服。

 この星でもすでに犠牲者が出ている。殺したのはペルミナでも、戦いを持ち込んだのは自分だ。

 ――こんなことはもう、終わりにしなくてはならない。


「マルミ。わたしも少し頑張ってみる。君も、負けるなよ」


 一瞬のチャンスを見極めるべく、メルトはひたすら死の炎をかいくぐり続けた。



* * *



「さあこいデカブツ!」


 円巳はわざと真正面から巨人に接近した。頭上から踏みつけ攻撃が降ってくる。


 ――読み通りだ。


 円巳は足を止めて斜め後方へ跳ぶ。

 すると、空中には巨人のパンチが待ち構えていた。


 ――だが、それも読み通り。


 大きく宙返りを打って、拳をリーチギリギリでかわす。

 巨人の足が大地に沈み込み、上半身が空中で失速した瞬間を狙って――。

 円巳は、背後にある障壁を全力で蹴った。


 群青の矢が空を裂く。

 衝撃波が地表を抉り、鋼の右脚が巨人の胸部に突き刺さった。


 バガァアアアアアアアアン!!


 完璧なカウンターだ。

 さしもの巨体も宙を舞い、轟音とともに大地へ投げ出された。

 確かな手応え。痺れる右脚をかばいながら、円巳は土埃で霞む地表に降り立った。


 しかし。


「なんとだらしない……! テトラガンノン!! お立ちなさい!!」


 死神の声に従って、巨人は何事もなかったかのように身を起こした。

 あれほどの一撃を見舞った胸部にも、傷ひとつない。

 全身から土砂をこぼしつつ、大きさの割にスムーズな動きで巨人が再び立ち上がる。やはりダメージは無いようだ。


「おーーーっほっほ! 無駄! 無駄ですわ! 『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』のひとつ、『巨人の心臓タイタス・コア』には無双怪力・絶対防御・自律駆動の三大能力が宿っておりますのよ。人間ごときがあがいたところで、最強兵器の前では無駄っ!!」


 ――このままじゃ、負けなくても勝ちようがないってわけか。こっちの体力には限界があるし、周りの被害も広がってしまう。


 円巳は歯噛みしたが、ふとある考えが頭をよぎった。


 ……待てよ。力でねじ伏せる必要は、無いんじゃないか……?


 その読みが当たっているか、あるいは全くの見当はずれか。

 どちらにせよ、円巳の行動は決まっている。


 ただ、まっすぐに、まっさらに。

 やれるだけのことを、やってみるだけ。

 ――それが、【空白ブランク】の流儀ってやつさ。


 右脚がまだ動くのを確認すると、円巳は跳んだ。先程と同じように宙返りを打ち、障壁を蹴る。

 真正面に巨人を見据える。


 ――さあ、真っ向勝負といこうぜ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 円巳が咆哮とともに全力を解放すると、炎のマフラーが紅から蒼へ、そして蒼から燐光をともなう白へと変化した。

 円巳のパワーに対抗して首に刻まれた死痕もまた出力を上げるため、表層的にはこのような現象が起こるのだった。


 今度は右腕を振りかぶりながら接近する円巳に対し、巨人もまた右腕の拳で迎撃する体勢に入った。

 ……よし。

 円巳は心の中でガッツポーズをとり、そのまま右拳を固く握り込んで前方へ突き出した。


 ガギィィィイイイイイイイイイン!!


 岩塊のような巨人の拳と、真っ向からぶつかり合う。

 鎧がなければ腕が千切れ飛んでいただろう。

 円巳は激痛に顔を歪めた。

 鎧の右手部分にヒビが入ったかと思うと、砕けながら剥がれ落ち、血まみれの拳が露になる。


 どうやら……鎧の方が限界っぽいな。

 損傷だけでなく、活動限界時間を迎えたのか、鎧は鉄の塊のように動かなくなっていた。

 内部に閉じ込められた円巳を、鎧ごと巨人の手が掴む。


「おーーーっほほほ! 何たる愚行! テトラガンノンと正面から拳を合わせるなど、愚かすぎて言葉もありませんわねぇ!」


 ペルミナの高笑いが響くなか、メルトは密かに舌を巻いた。


 ――成る程、やるじゃないか。


「さあ、そのまま握りつぶしておしまいなさい!」


 鎧が異音を立て始め、そのまま無残にひしゃげるかと思われたが――。


「……ん? あら?」


 死神の命令が実行されることはなかった。

 ……巨人は鎧を掴んだまま、彫像のように静止していた。




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