炎の蛇たちが四方八方からメルトに襲いかかる。
少女は人間離れした身のこなしでそれをかわしていくが、屋上の地面も、フェンスも、炎に触れたものはすべて一瞬にして灰と化していった。
「逃げるのが精一杯かしら? 『死神の死神』などといっても、所詮は雑魚狩り専門でやってきただけですものねぇ」
右腕を天にかざしながら、ペルミナはこれでもかとばかりに高笑いをしてみせた。
彼女の最強魔法『
無数に枝分かれしながら自立行動する炎の群れは、主人を守る盾であり、敵を捕らえる檻にもなる。
未だかつて、メルトもこの魔法を攻略したことはない。まともに戦うにはリスクが大きすぎるからだ。
しかし――今こそ、それをしなければならない時なのだと、彼女にはわかっていた。
炎の牙がかすめるたび、凶暴な熱がじりじりと肌を焼き、衣服を焦がす。
死闘のさなか、メルトは屋上の片隅に視線を投げた。
燃え残ったフェンスに引っかかり、風にたなびいている物体。
――血に濡れた制服。
この星でもすでに犠牲者が出ている。殺したのはペルミナでも、戦いを持ち込んだのは自分だ。
――こんなことはもう、終わりにしなくてはならない。
「マルミ。わたしも少し頑張ってみる。君も、負けるなよ」
一瞬のチャンスを見極めるべく、メルトはひたすら死の炎をかいくぐり続けた。
* * *
「さあこいデカブツ!」
円巳はわざと真正面から巨人に接近した。頭上から踏みつけ攻撃が降ってくる。
――読み通りだ。
円巳は足を止めて斜め後方へ跳ぶ。
すると、空中には巨人のパンチが待ち構えていた。
――だが、それも読み通り。
大きく宙返りを打って、拳をリーチギリギリでかわす。
巨人の足が大地に沈み込み、上半身が空中で失速した瞬間を狙って――。
円巳は、背後にある障壁を全力で蹴った。
群青の矢が空を裂く。
衝撃波が地表を抉り、鋼の右脚が巨人の胸部に突き刺さった。
バガァアアアアアアアアン!!
完璧なカウンターだ。
さしもの巨体も宙を舞い、轟音とともに大地へ投げ出された。
確かな手応え。痺れる右脚をかばいながら、円巳は土埃で霞む地表に降り立った。
しかし。
「なんとだらしない……! テトラガンノン!! お立ちなさい!!」
死神の声に従って、巨人は何事もなかったかのように身を起こした。
あれほどの一撃を見舞った胸部にも、傷ひとつない。
全身から土砂をこぼしつつ、大きさの割にスムーズな動きで巨人が再び立ち上がる。やはりダメージは無いようだ。
「おーーーっほっほ! 無駄! 無駄ですわ! 『
――このままじゃ、負けなくても勝ちようがないってわけか。こっちの体力には限界があるし、周りの被害も広がってしまう。
円巳は歯噛みしたが、ふとある考えが頭をよぎった。
……待てよ。力でねじ伏せる必要は、無いんじゃないか……?
その読みが当たっているか、あるいは全くの見当はずれか。
どちらにせよ、円巳の行動は決まっている。
ただ、まっすぐに、まっさらに。
やれるだけのことを、やってみるだけ。
――それが、【
右脚がまだ動くのを確認すると、円巳は跳んだ。先程と同じように宙返りを打ち、障壁を蹴る。
真正面に巨人を見据える。
――さあ、真っ向勝負といこうぜ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
円巳が咆哮とともに全力を解放すると、炎のマフラーが紅から蒼へ、そして蒼から燐光をともなう白へと変化した。
円巳のパワーに対抗して首に刻まれた死痕もまた出力を上げるため、表層的にはこのような現象が起こるのだった。
今度は右腕を振りかぶりながら接近する円巳に対し、巨人もまた右腕の拳で迎撃する体勢に入った。
……よし。
円巳は心の中でガッツポーズをとり、そのまま右拳を固く握り込んで前方へ突き出した。
ガギィィィイイイイイイイイイン!!
岩塊のような巨人の拳と、真っ向からぶつかり合う。
鎧がなければ腕が千切れ飛んでいただろう。
円巳は激痛に顔を歪めた。
鎧の右手部分にヒビが入ったかと思うと、砕けながら剥がれ落ち、血まみれの拳が露になる。
どうやら……鎧の方が限界っぽいな。
損傷だけでなく、活動限界時間を迎えたのか、鎧は鉄の塊のように動かなくなっていた。
内部に閉じ込められた円巳を、鎧ごと巨人の手が掴む。
「おーーーっほほほ! 何たる愚行! テトラガンノンと正面から拳を合わせるなど、愚かすぎて言葉もありませんわねぇ!」
ペルミナの高笑いが響くなか、メルトは密かに舌を巻いた。
――成る程、やるじゃないか。
「さあ、そのまま握りつぶしておしまいなさい!」
鎧が異音を立て始め、そのまま無残にひしゃげるかと思われたが――。
「……ん? あら?」
死神の命令が実行されることはなかった。
……巨人は鎧を掴んだまま、彫像のように静止していた。