目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 抵抗します全力で



 失われし文明エルド・ロアが遺せし魔法科学の結晶。

 かつて『魔王』との決戦にて『勇者』が纏ったものの、呪いを受け、以来誰も纏うことのなかった最強のパワード・スーツ。

 それが一万年の時を経て、地球という辺境惑星の、身長160cmに満たない男子高校生に託された。


 宇路円巳うろ まるみのスキル【空白ブランク】の効果により、装着不可の呪いを打ち消すことに成功したのである。


 もちろん、有用な付与スキルもすべて無効化されてしまうため、総合的な能力は本来の数分の一になってしまうが――それでも、純粋なパワード・スーツとしての性能は未だに最強である。


「それが、1000年かけた理由というわけ。――ならば、わたくしも本気で奪い取らせていただきますわ」


 ペルミナが唇に中指と人差し指を添え、投げキスの動作をした。


『烙印を持つ者よ、わたくしに従いなさい』

「ぐっ……あ!?」


 円巳の脳裏にペルミナの声が響き、首に刻まれた死痕シグマけるように疼いた。


「従うな円巳、宇宙のために!」


 メルトの声が遠く木霊する。

 ペルミナは酷薄な笑みを浮かべた。


「ムダですわ。思考強制力を極限まで引き上げれば、たとえケイ素生命体でもわたくしの足を喜んで嘗めますのよ。精神が少し壊れてしまっても、スキルさえ発動するなら十分に使い途はあるでしょう?」


 死神の高笑いが円巳の耳元でぐわんぐわんと反響する。

 歪む視界のなか、ゆっくり立ち上がった巨人がこちらへ迫ってくるのが見えた。


 ――キツい。非常にキツい。なんでこんなに苦しい思いをしているのか、わからなくなりそうだ。


 ――ただ、これだけは言える。宇宙がどうこうなんて知らない。


 ――知らないけれど、人を簡単に殺しまくるような奴に従えるほど、ぼくは素直じゃない。


 全力抵抗。


 円巳が抗えば抗うほど、死痕も応じてエネルギーを放射した。

 首が赤熱化し、とうとう鎧を貫通して炎が噴き出し始める。

 これにはペルミナも狼狽した。


「ちょっ……精神どころか、物理的に死にますわよ!?」

「ぐおおお……おお……おおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 円巳の咆哮に応えるように、炎がだんだんと収束していく。

 背後に向かって長く伸びたそれは、紅いマフラーにも見えた。


 ――お、熱くない。てか、いい感じに首の凝りがほぐれる熱さ。


 ―――――――――――――――――――


 スキル【服従の烙印】は無効化されています


 ―――――――――――――――――――


「どうやら、屈服させられたのはお前が付与したスキルの方だったようだな」 


 大鎌をクルクルと弄びながら、メルトが我が意を得たりといった調子で言った。


「ぐぬぬ……ッ。ならば実力行使ですわ。ここで踏み潰しておしまいなさい、テトラガンノン!!」


 動く巨石建築のような足が襲いかかってくる。

 円巳は踏みつけをかわし、真上へジャンプした。マフラーが流星のように尾を引く。

 校舎の屋上を通り越してさらに上昇し、空中で姿勢を反転する。すると、眼下には巨人の拳がすぐそこまで迫っていた。


「うおっ!」


 円巳は残っていた魔導障壁を咄嗟に蹴り、反発を利用して攻撃を回避した。

 地面に降り立つと今度は足が、また飛び上がると腕が、交互に繰り出される。


 ――パワーでは負けてない。負けてないはずだけど、これじゃ……。


 巨人のリーチを活かした連続攻撃に、間合いを詰めることができない。その大きさにも関わらず、動作の隙は最小限しかないようだった。

 空飛ぶ城壁のような回し蹴りを円巳が避けると、校舎の一部が粉々に吹き飛ばされた。


 ――ヤバい、被害が……!


 気をとられた瞬間、鎧の身の丈より巨大な拳がぶつかってきた。

 全身をかがめてガードするが、衝撃とともに魔導障壁ギリギリまで飛ばされる。


 ……ってぇえええ……。


 空中で受けたためにダメージ自体は少なめで済んだが、いよいよ土俵際。

 地響きを鳴らしながら、巨人がこちらへ駆けてくる。


 やべぇ。ダメだ。体格差が圧倒的すぎる。


 ……ん、体格差?


 円巳の脳裏で何かがスパークした。

 そして、彼は仮面の下で微かに笑った。


 ……なんだ、いつものことじゃないか。


「貴方もここでお逝きなさい、『死神の死神』!」


 ペルミナの装備したガントレット――『ハーベスター死兆星・カタリナ』の刃が急速に伸長、分化していく。

 まるで樹木の繁茂をタイムラプスしたような、あるいは黒い竜巻のような超広範囲・刺突擊が、屋上の空間を瞬く間に占領していく。

 メルトは手にした鎌を高速回転させながらバトンのように操り、それらを器用にいなしていった。

 金属音と火花が激しい舞踏のリズムを刻む。


「そうだな、今日ここで腐れ縁を終わりにするのも悪くない」

「珍しく気が合いましたわね?」


 ペルミナの右腕から発した桃色の炎が、刃を伝って広がっていく。


「お……っと」


 燃える桜の大樹がごとき威容に、さすがのメルトも圧倒された。


「ひと握りの灰となっておしまいなさい。――『神炎プロヴィネンス』!!」


 炎に包まれた『カタリナ』の刃がぐにゃりと曲がり、今度は無数の頭を持つ蛇となって標的を取り囲んだ。


「これはちょっと、ヤバいかもな?」


 メルトは舌で唇を湿らせながらつぶやいた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?