失われし文明エルド・ロアが遺せし魔法科学の結晶。
かつて『魔王』との決戦にて『勇者』が纏ったものの、呪いを受け、以来誰も纏うことのなかった最強のパワード・スーツ。
それが一万年の時を経て、地球という辺境惑星の、身長160cmに満たない男子高校生に託された。
もちろん、有用な付与スキルもすべて無効化されてしまうため、総合的な能力は本来の数分の一になってしまうが――それでも、純粋なパワード・スーツとしての性能は未だに最強である。
「それが、1000年かけた理由というわけ。――ならば、わたくしも本気で奪い取らせていただきますわ」
ペルミナが唇に中指と人差し指を添え、投げキスの動作をした。
『烙印を持つ者よ、わたくしに従いなさい』
「ぐっ……あ!?」
円巳の脳裏にペルミナの声が響き、首に刻まれた
「従うな円巳、宇宙のために!」
メルトの声が遠く木霊する。
ペルミナは酷薄な笑みを浮かべた。
「ムダですわ。思考強制力を極限まで引き上げれば、たとえケイ素生命体でもわたくしの足を喜んで嘗めますのよ。精神が少し壊れてしまっても、スキルさえ発動するなら十分に使い途はあるでしょう?」
死神の高笑いが円巳の耳元でぐわんぐわんと反響する。
歪む視界のなか、ゆっくり立ち上がった巨人がこちらへ迫ってくるのが見えた。
――キツい。非常にキツい。なんでこんなに苦しい思いをしているのか、わからなくなりそうだ。
――ただ、これだけは言える。宇宙がどうこうなんて知らない。
――知らないけれど、人を簡単に殺しまくるような奴に従えるほど、ぼくは素直じゃない。
全力抵抗。
円巳が抗えば抗うほど、死痕も応じてエネルギーを放射した。
首が赤熱化し、とうとう鎧を貫通して炎が噴き出し始める。
これにはペルミナも狼狽した。
「ちょっ……精神どころか、物理的に死にますわよ!?」
「ぐおおお……おお……おおおおおおおおおおおおおッ!!!」
円巳の咆哮に応えるように、炎がだんだんと収束していく。
背後に向かって長く伸びたそれは、紅いマフラーにも見えた。
――お、熱くない。てか、いい感じに首の凝りがほぐれる熱さ。
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スキル【服従の烙印】は無効化されています
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「どうやら、屈服させられたのはお前が付与したスキルの方だったようだな」
大鎌をクルクルと弄びながら、メルトが我が意を得たりといった調子で言った。
「ぐぬぬ……ッ。ならば実力行使ですわ。ここで踏み潰しておしまいなさい、テトラガンノン!!」
動く巨石建築のような足が襲いかかってくる。
円巳は踏みつけをかわし、真上へジャンプした。マフラーが流星のように尾を引く。
校舎の屋上を通り越してさらに上昇し、空中で姿勢を反転する。すると、眼下には巨人の拳がすぐそこまで迫っていた。
「うおっ!」
円巳は残っていた魔導障壁を咄嗟に蹴り、反発を利用して攻撃を回避した。
地面に降り立つと今度は足が、また飛び上がると腕が、交互に繰り出される。
――パワーでは負けてない。負けてないはずだけど、これじゃ……。
巨人のリーチを活かした連続攻撃に、間合いを詰めることができない。その大きさにも関わらず、動作の隙は最小限しかないようだった。
空飛ぶ城壁のような回し蹴りを円巳が避けると、校舎の一部が粉々に吹き飛ばされた。
――ヤバい、被害が……!
気をとられた瞬間、鎧の身の丈より巨大な拳がぶつかってきた。
全身をかがめてガードするが、衝撃とともに魔導障壁ギリギリまで飛ばされる。
……ってぇえええ……。
空中で受けたためにダメージ自体は少なめで済んだが、いよいよ土俵際。
地響きを鳴らしながら、巨人がこちらへ駆けてくる。
やべぇ。ダメだ。体格差が圧倒的すぎる。
……ん、体格差?
円巳の脳裏で何かがスパークした。
そして、彼は仮面の下で微かに笑った。
……なんだ、いつものことじゃないか。
「貴方もここでお逝きなさい、『死神の死神』!」
ペルミナの装備したガントレット――『
まるで樹木の繁茂をタイムラプスしたような、あるいは黒い竜巻のような超広範囲・刺突擊が、屋上の空間を瞬く間に占領していく。
メルトは手にした鎌を高速回転させながらバトンのように操り、それらを器用にいなしていった。
金属音と火花が激しい舞踏のリズムを刻む。
「そうだな、今日ここで腐れ縁を終わりにするのも悪くない」
「珍しく気が合いましたわね?」
ペルミナの右腕から発した桃色の炎が、刃を伝って広がっていく。
「お……っと」
燃える桜の大樹がごとき威容に、さすがのメルトも圧倒された。
「ひと握りの灰となっておしまいなさい。――『
炎に包まれた『カタリナ』の刃がぐにゃりと曲がり、今度は無数の頭を持つ蛇となって標的を取り囲んだ。
「これはちょっと、ヤバいかもな?」
メルトは舌で唇を湿らせながらつぶやいた。