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第9話 ハズレスキル、開花する



「駄目です学園長、とても支えきれません!」

「限界まで……いや、限界を超えてもやるんだ。これ以上生徒に犠牲を出すわけにはいかん!」


 大聖堂を守る最後の魔導障壁。

 その発生装置には、教職員一同が集結して魔力を注ぎ込んでいた。

 しかし、巨人の右腕が、続いて左腕が触れると、無慈悲なまでのパワーが障壁を脅かすのが伝わってきた。


 バリィイインッ……。


 壁がとうとう破られると、装置と繋がっていた教師たちに逆流した魔力が襲いかかった。

 そのダメージは凄まじく、立ち上がれないどころか、意識を失った者もいた。


「これまでなのか……」


 だがその時、巨人の足元で真白い花弁が開くような閃光が炸裂した。

 白煙が晴れると、巨大な左足が脛のあたりまで凍りついている。


「こっちに来なさい!」


 巨人の背後にひとりの女子生徒が立っていた。

 それを見て教師のひとりが悲鳴に近い声を上げる。


「あれは……私のクラスの、玉串帆波たまぐし ほなみですっ!」


 担任教師の言葉がなくとも、学園長にはひと目でわかっていた。

 高等部きっての秀才。魔法も剣術も申し分なく、それを活かすスキルも持っている。学園の期待の星だ。

 ……しかし。


「無茶だ……!!」


 彼女は自身を囮にするつもりなのだ。


 ――止めなくては。


 しかし、意志に反して体は言うことを聞かなかった。

 学園長は己の老いを呪った。


 ――神よ――!


 帆波はアイテムボックスから実戦訓練用の剣を引き抜き、氷魔法を付与エンチャントした連続斬撃を放った。


 「『六花リリ・ズァーロ』!!」


 巨人の両足に六連撃が刻み込まれる。

 初級ダンジョンのボス・ゴーレム程度なら、即座にダウンするであろうコンビネーションだ。

 しかし、巨人は意にも介さず歩を進めた。


 ――ダメか。なら、もっと近付いて――。


 距離を詰めようとしたとき、巨人の足が急に進路を変えた。

 帆波を踏み潰すつもりなのだ。

 彼女は巨人の死角から接近したつもりだったが、別の地点にいる第三者――死神がコントロールしていることなど知る由もなかった。


 ――ヤバっ。


 思わず頭上を仰いだ瞬間、瓦礫に足をとられる。

 転倒した帆波の視界を巨大な足裏が占有した。


「――っ!!」


 声にならない叫びとともに目を閉じると、


 ガキンッ――!!


 何かがぶつかり合う音が響き、全身を激しく揺さぶられた。

 ……数瞬後、帆波は暗闇の中で、自分の体がまだ潰されていないことに気が付いた。

 恐る恐る目を開けると、思いもがけない光景が飛び込んできた。

 頭からつま先まで、全身を鎧に包んだ人物が、巨人の足を両腕で受け止めている。


 星冴ゆる空のような、ネイビーブルーの鋭角的な姿。

 両目の部分は六角形のクリアパーツになっており、夜桜の花弁を思わせた。


 彼? の足下からは半径数4、5メートル程のクレーターが広がっていて、帆波はその端に横たわっているのだった。


「逃げろ」


 仮面に包まれた口元から、どこか聞き覚えのあるような声でニホン語が発せられた。

 帆波は慌ててクレーターを這い上がり、瓦礫の合間を走った。


 ……冒険者? でも、あれは人間業じゃない。……じゃあ、あの声は?


 様々な思いが脳裏に錯綜した。



* * *



 その時、宇路円巳うろ まるみの視界には青白い文字群が光っていた。


 ―――――――――――――――――――


 スキル【装備不可】は無効化されています

 スキル【パワーライザー】は無効化されています

 スキル【マルチアーマー】は無効化されています

 スキル【クイックブースト】は無効化されています

 スキル【エナジーセーバー】は無効化されています


 ―――――――――――――――――――


 ……そうか。そういうことだったのか。

 宇宙を救う。その言葉の意味がほんの少しわかった気がする。

 帆波が十分に離れるのを確認すると、彼は巨人の足を一気に押し返した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 その咆哮に鎧全体がビリビリと震えたった。

 彼が――いや、人類がかつて得たことのない『純粋無垢な力』を得た円巳は、体の内側で猛り狂う勇気を、闘志を、殺意を、雄叫びに変えて吐き出すことで正気を保った。


 身の丈2メートル強の鎧に取り込まれるような形で装着しているのだが、呼吸するごとに肉体との一体感が増していくようだった。

 円巳は鎧となり、鎧は円巳となった。


 予想より軽い手応えのあと、巨人は糸の切れた人形のように後方へ倒れ込んだ。

 轟音とともに大地が割れ、土砂が巻き上がったが、鎧はびくともしなかった。

 その呆気なさが少し気にはなったものの、円巳にさらなる自信をもたらした。


 ……いける。



* * *



「馬鹿な……あれを装備できるはずが……まさか」

「その通りさ」


 黄色いコートがはためいたかと思うと、首を狙った大鎌の斬撃が叩きつけられる。


 ギィンッ!


 ペルミナはガントレットの刃でそれを受け止め、鍔迫り合いの体勢となった。

 メルトの顔には微笑が浮かんでいる。


「『魔鎧まがい』シンハ。『呪われし八つの秘宝オクト・エクサル』のひとつであり、装着不可の呪いをもつ。常識だよな」


 ほんの挨拶代わり、会話のために距離を詰めただけ、といった様子だ。


「……ちっ」


 ペルミナは美しい顔を歪めて舌を打った。


「かつて『勇者』が『魔王』を討ち滅ぼした際に呪いを受け、以後誰も纏うことのできなかった鎧――でしたわね」

「そうとも。だが、彼ならば」


 ペルミナの左手が閃光を放ち、零距離で無詠唱魔法を発動する。

 回避不能の一撃。

 桃色の爆炎が空を焦がす。


 が、その一部が千切れるように飛び出すと、ひるがえされたコートが炎を振り払い、無傷のメルトが姿を見せた。

 再び、距離を置いて向かい合う両者。


「彼ならば、装備品に付与された【呪い】という名のデメリットスキルを無効化できる――それが」



「宇路円巳の、【空白ブランク】の力だ」




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