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第8話 冒険者なら



 大聖堂へ向かう群衆の中に、玉串帆波たまぐし ほなみとイージャ・サイアーノの姿があった。


「ちっくしょう……どうなってやがる……あのデカイのは何なんだ!? 何が起こってる!?」


 イージャはヒステリックに叫んだ。彼の衣服は血まみれで、周囲の取り巻きも似たような有り様だ。

 彼らは震えたり、泣いたり、我を失って放心したりと、悲惨な状況だった。

 帆波はどうにか平静を保ちながら、彼らの避難を助けていた。


「ユリサのやつは、変な女に……こっ……殺されちまうし……!」


 記憶がフラッシュバックしたのか、女子のひとりが「いやあああっ」と声を上げる。帆波は彼女を懸命になだめた。彼女自身が叫び出したいにも関わらず……。


 ようやく大聖堂の入り口が見えた。

 すると帆波はおもむろに振り返り、こちらへ迫ってくる巨大な影を見上げた。


「私、行ってみる」


 彼女の言葉にイージャは耳を疑った。


「何言ってんだ? ……おかしくなっちまったのか?」

「あの巨人、魔導障壁が効かないみたい。このままだと、みんなやられる」

「だからって……」

「私、目の前であの子が殺されたとき、悲鳴を上げるだけで何もできなかった」


 帆波は両手の拳を震えるほど強く握っていた。

 丸眼鏡の下から、光るものがこぼれ落ちた。


「今だってあんなものが襲ってきて、私たちの世界を壊そうとしてる。……戦う力スキルを授かったのに、また黙って見てるなんてできない」

「……おい!」


 イージャの制止を振り切り、帆波は風のように駆けていった。

 人の波を器用に乗りこなし、その後ろ姿はすぐに見えなくなった。 


「玉串!! ……クソっ、俺は知らねえぞ……!」



* * *



 宇路円巳うろ まるみが死神ペルミナに屈服しようとしたとき、校舎の屋上に一陣の黄色いつむじ風が舞い込んできた。


 見覚えのある、バイクに似たマシン。

 車輪が戦闘機の翼のように変形し、未知の動力で静かにホバリングしている。

 跨っているのは、黄色い雨ガッパに褐色の肌――先程消えたはずのあの少女だ。


「さっきの……えっと」

「メルトだ。待たせたな」

「あ~ら……」


 ペルミナが眉を寄せ、露骨に嫌そうな顔をする。


「重力機雷で完全に捕えたと思ったのだけど」

「確かに、前は抜け出すのに100年かかったけどな。わたしは向上心があるんだよ。5000年も同じことやってるお前らと違ってな」

「減らず口、きらぁ~い……」


 金髪の死神が睨みを利かせながらガントレットを握り込むと、昆虫の脚のような刃がガシャガシャと展開された。


「まだ名前を聞いてなかったな、少年くん」


 バイクを飛び降り、屋上に着地しながらメルトは言った。


「えっと……ま、円巳……宇路円巳」

「マルミ。きみは冒険者なんだろう?」

「……え」

「スキルを授かっているということは、少なくとも冒険者を志したはずだ」


 黄色いコートを翻し、背負った大鎌を引き抜く。

 ビュン――と、勇壮な風が円巳の頬を撫でた。


「冒険者なら、自分の旅路は自分で決めろ。攻略するクエストは、きみ自身の意思で選ぶんだ」

「……選べないよ。こんな状況で、選択肢なんかない。従うしかないだろ?」


 静けさのなか、無情な地響きが時を刻むように進行していく。

 巨人はすでに大聖堂の目の前まで迫っていた。


「いや、選べる。きみが自分の力を信じさえすれば」


 メルトは円巳をまっすぐに見据えてそう言った。

 アメジスト色の謎めいた瞳は、しかし、確かな信頼と想いを伝える意思に満ちて、彼の心を射抜いた。


 ――冒険。そうだ、これは冒険のオープニングなのだ。

 今こそ自分の力を信じ、自分にしか歩けない旅路へ、踏み出す時が来たのだ。

 今やらなくて、何のための人生だろう?


「……メルト」


 恐怖と緊張に震えながら、それでもどこか晴れやかな声で円巳は言った。


「乗るよ。宇宙を救う冒険に」

「……そうこなくっちゃな!」


 大鎌を携え、屋上の向かいに立つペルミナと真っ向から対峙しながら、メルトは声を弾ませた。


「これを使うんだ。きみなら使える。いや、きみにしか使えないものだ」


 彼女が投げてよこした物体を、円巳は反射的にキャッチした。

 それは小さな人形だった。

 全身に鎧をまとい、仮面を被った、スーパーヒーロー風のフィギュア。

 ――これが何だというのだろう。


 しかし次の瞬間、円巳の脳内に、ある『コード』が浮かび上がっていた。

 彼は人形を握ったまま、ほぼ無意識のうちに両腕をクロスし、それを叫んでいた。



「――『燦現ウェニト』!!」



 黄昏の屋上が一瞬、真昼の光に包まれた。




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