大聖堂へ向かう群衆の中に、
「ちっくしょう……どうなってやがる……あのデカイのは何なんだ!? 何が起こってる!?」
イージャはヒステリックに叫んだ。彼の衣服は血まみれで、周囲の取り巻きも似たような有り様だ。
彼らは震えたり、泣いたり、我を失って放心したりと、悲惨な状況だった。
帆波はどうにか平静を保ちながら、彼らの避難を助けていた。
「ユリサのやつは、変な女に……こっ……殺されちまうし……!」
記憶がフラッシュバックしたのか、女子のひとりが「いやあああっ」と声を上げる。帆波は彼女を懸命になだめた。彼女自身が叫び出したいにも関わらず……。
ようやく大聖堂の入り口が見えた。
すると帆波はおもむろに振り返り、こちらへ迫ってくる巨大な影を見上げた。
「私、行ってみる」
彼女の言葉にイージャは耳を疑った。
「何言ってんだ? ……おかしくなっちまったのか?」
「あの巨人、魔導障壁が効かないみたい。このままだと、みんなやられる」
「だからって……」
「私、目の前であの子が殺されたとき、悲鳴を上げるだけで何もできなかった」
帆波は両手の拳を震えるほど強く握っていた。
丸眼鏡の下から、光るものがこぼれ落ちた。
「今だってあんなものが襲ってきて、私たちの世界を壊そうとしてる。……
「……おい!」
イージャの制止を振り切り、帆波は風のように駆けていった。
人の波を器用に乗りこなし、その後ろ姿はすぐに見えなくなった。
「玉串!! ……クソっ、俺は知らねえぞ……!」
* * *
見覚えのある、バイクに似たマシン。
車輪が戦闘機の翼のように変形し、未知の動力で静かにホバリングしている。
跨っているのは、黄色い雨ガッパに褐色の肌――先程消えたはずのあの少女だ。
「さっきの……えっと」
「メルトだ。待たせたな」
「あ~ら……」
ペルミナが眉を寄せ、露骨に嫌そうな顔をする。
「重力機雷で完全に捕えたと思ったのだけど」
「確かに、前は抜け出すのに100年かかったけどな。わたしは向上心があるんだよ。5000年も同じことやってるお前らと違ってな」
「減らず口、きらぁ~い……」
金髪の死神が睨みを利かせながらガントレットを握り込むと、昆虫の脚のような刃がガシャガシャと展開された。
「まだ名前を聞いてなかったな、少年くん」
バイクを飛び降り、屋上に着地しながらメルトは言った。
「えっと……ま、円巳……宇路円巳」
「マルミ。きみは冒険者なんだろう?」
「……え」
「スキルを授かっているということは、少なくとも冒険者を志したはずだ」
黄色いコートを翻し、背負った大鎌を引き抜く。
ビュン――と、勇壮な風が円巳の頬を撫でた。
「冒険者なら、自分の旅路は自分で決めろ。攻略するクエストは、きみ自身の意思で選ぶんだ」
「……選べないよ。こんな状況で、選択肢なんかない。従うしかないだろ?」
静けさのなか、無情な地響きが時を刻むように進行していく。
巨人はすでに大聖堂の目の前まで迫っていた。
「いや、選べる。きみが自分の力を信じさえすれば」
メルトは円巳をまっすぐに見据えてそう言った。
アメジスト色の謎めいた瞳は、しかし、確かな信頼と想いを伝える意思に満ちて、彼の心を射抜いた。
――冒険。そうだ、これは冒険のオープニングなのだ。
今こそ自分の力を信じ、自分にしか歩けない旅路へ、踏み出す時が来たのだ。
今やらなくて、何のための人生だろう?
「……メルト」
恐怖と緊張に震えながら、それでもどこか晴れやかな声で円巳は言った。
「乗るよ。宇宙を救う冒険に」
「……そうこなくっちゃな!」
大鎌を携え、屋上の向かいに立つペルミナと真っ向から対峙しながら、メルトは声を弾ませた。
「これを使うんだ。きみなら使える。いや、きみにしか使えないものだ」
彼女が投げてよこした物体を、円巳は反射的にキャッチした。
それは小さな人形だった。
全身に鎧をまとい、仮面を被った、スーパーヒーロー風のフィギュア。
――これが何だというのだろう。
しかし次の瞬間、円巳の脳内に、ある『コード』が浮かび上がっていた。
彼は人形を握ったまま、ほぼ無意識のうちに両腕をクロスし、それを叫んでいた。
「――『
黄昏の屋上が一瞬、真昼の光に包まれた。