イージャたちが惨劇に見舞われた、十数分後。
「この1000年間。あの女は、【
死神を名乗った少女――ペルミナは、愉悦に浸るように金髪を指先で弄んだ。
「……どんな効果のスキルかは知りませんけど、これで貴方はわたくしのもの。あいつの1000年は無駄骨ということですわ。おっほっほ! 痛快~~~~~~ッ!!」
明後日の方向へ向けて絵に描いたような高笑いをひとしきり披露したあと、ペルミナは円巳の方へ向き直り、一転して妖艶な調子で言った。
「――さあ、跪いてわたくしの足をお
……しかし、円巳はきょとんとしながら立ち尽くすのみだった。
「え、あれ? 聞こえなかったかしら。……足をお嘗めなさい」
「聞こえてはいるんですけど……」
円巳は苦笑した。
ペルミナの額に血管が浮かび上がり、円巳の襟首を掴んで締め上げた。
「ちょっと貴方! なんで
「ぐげげげげ……っ」
円巳の顔がトマトのように赤くなっているのに気付くと、ペルミナは彼を放り出してクールダウンした。
「ふぅ……わたくしとしたことが取り乱しましたわ。原始的な種族には、原始的な手法が一番でしたわね」
そう言って彼女が懐から取り出したのは、手のひらサイズの立方体だった。
半透明の黒水晶で、表面は虹色の光沢を帯びている。
「タイタス・コア起動」
ペルミナが頭上に掲げると、立方体は彼女の手を離れ、夕焼けの空へ吸い込まれるようにみるみる小さくなっていった。
次の瞬間、空を仰いでいた円巳の視界が何者かに遮られた。
巨大な……途方もなく巨大な何かが、学園上空に忽然と現れたのだ。
先刻の惨劇を受けてメインストリートにごったがえしていた生徒や学園関係者も一斉にそれを目撃し、さらなるパニックを引き起こした。
空中で静止したように留まったそれは、全長50メートルはあろうかという人型の物体だった。それがうつぶせの体勢で、地面と平行に浮かんでいる。
物体の表面は白く、真珠のように輝いていた。
彫刻のような硬質の姿は、いわゆるゴーレム系の魔物を思わせたが、大きさがあまりにも桁外れである。
そのうえ、四肢こそほぼ人型だが、胸から上は異形だった。
四人の天使がねじれて絡み合ったような造形で、両肩にはそれぞれ左右を向いた顔がひとつずつ、頭部には顔がふたつ縦に並んでいる。
「さて、大方の予想はつくと思いますけれど。貴方がわたくしの命令に背き続ける場合――あれを使って、この一帯を踏みつぶさせますわ」
ペルミナは事もなげに言った。
円巳は呆然としていた。
自分の意思と大勢の命が天秤にかけられているという感覚が、すぐには呑み込めずにいたのだ。
「あら、固まっちゃって可愛いですこと。じゃあ、もっと選びやすくしてさしあげますわ。――テトラガンノン、おやりなさい」
パチン。
一点の曇りもない白磁のような指先が、しかし不吉な響きをもって打ち鳴らされた。実際それは、この星に降りかかるかつてない災厄を告げた鐘の音だった。
巨人の体がぐるりと回転して地面と垂直になりながら降下し、プールの上に着地する。
大量の水が溢れ、学内のあちこちに流れ込んだ。
部活や補習などで残っていた生徒、職員の悲鳴が飛び交う。
プールの底を踏み砕き、更衣室を蹴り飛ばしながら、巨人の進撃が開始された。
ミ゛ァーーーーーーーーーン。
巨大な四肢が動作するたび、関節部からパイプオルガンのような音が発せられる。
『学内に残っている生徒は大聖堂へ避難してください。繰り返します――』
すべてのスピーカーから必死の放送が鳴り響く。
魔法やスキルの暴走に備え、学内には至る場所に魔導障壁が配置してあった。
その中心地が大聖堂なのだ。
――しかし、
「これまた、原始的な魔導装置ですわね。他愛もない」
巨人の前に立ちはだかった障壁は、その拳の直撃を受けた瞬間、粉々に消滅していた。
人々がかつて目にしたことのない、絶対的な暴力。
ニホンの魔法研究の粋を集めた設備が、いとも簡単に蹂躙されていく。
こうなると逆に、展開された魔導障壁は生徒と職員の退路を断つためのものとなってしまっていた。
「……本当を言うと、貴方が断ってくれたことに感謝しておりますの」
ペルミナはころころと笑いながら言った。
「わたくしたち死神は、任務に不要な殺戮を禁じられていますから、いつも欲求不満なのですわ。貴方のお陰で、ボーナスステージ発生。――好きなだけ、殺し放題」
円巳に決断を促すように、巨人はゆっくりとプールから運動場のトラックへ歩を進め、その先にある大聖堂へと向かいつつあった。
――どうすればいい……?
圧倒的な無力感に立ち尽くしながら、円巳は自らに問うた。
あの子に従ってはいけない。それは直感でわかる。
しかし、だからといって――無関係の級友や恩師がこれ以上殺されるのを、見過ごすことなどできるはずもなかった。
「……わかっ……た」
円巳が絞り出すように言うと、ペルミナはふふん、と満足げに鼻を鳴らした。
「ではあらためて、わたくしに忠誠を誓いなさい。貴方、なかなか可愛い顔をしているから、側役にしてさしあげてもよろしくてよ? ほほほ!」
――今は……今はこうするしかない。
円巳が彼女の前に跪こうとした、その時――。
「そこまでだぜ!」