空からバイクが降ってきて、死神めいた女の子に宇宙の危機を救えと言われている。
――悪い冗談でなければ、何だというのか――。
助けを求めようにも、内部を改修中の体育館に近付く者は基本的におらず、辺りは静まりかえっていた。
広大なキャンパスが今ばかりは恨めしかった。
メルトと名乗る宇宙人(?)の少女は大きな瞳をキラキラさせながら、円巳の返答を待っている。
こんな時は……こんな時に言うべき言葉は……。
「えーっと、前向きに……検討させていただきたく」
――しかし、その静寂は唐突に破られた。
「そこまでですわ!」
凛とした声とともに降り注いだ炎が円巳とメルトの間に着弾し、両者を引き離した。
光と熱の炸裂に目が眩む。前髪から焦げたような臭いがする。
――炎の魔法だ。しかし、桃色の色相は初めて見た。それに、詠唱も聞こえなかった――。
体育館の屋根からひらりと舞い降りた人影は、着ているブレザーからして円巳と同じダン攻の高等部生だった。
輝くようなブロンド、すらっと鼻筋の通った顔立ち、モデルのようなプロポーション。 ――すごい美人だ。
スカートが捲れるのも構わず、地面を滑るようなスライディングで円巳のもとへ近づいてくる。
白い太ももの間に青く光沢のある布地が見えて、円巳は思わず目を逸らした。
「さあ、こちらへ!」
流れるような動きで円巳の腕を掴み、彼女は叫んだ。
おお、神は救いの美少女を遣わされた!
円巳は初めて天に感謝した。
……スキルの件はマジで許さないけどな。
「ペルミナぁ!」
メルトが炎を踏み越えて追いすがる。
「気安く呼ばないでくださる?」
ペルミナと呼ばれた金髪の少女は、煩わしそうに髪をかきあげながら片耳のイヤリングを外し、メルトに向けて投げ放った。
「あっ、こら――」
その声は途中で断ち切られた。
シュパ!!
火花が散るような音とともにメルトの姿が消える。
彼女の足下にあった地面も円形に抉り取られていた。
手品のような現象に呆然としながら、円巳はペルミナに手を引かれていった。
* * *
傾き始めた日差しが照らす、高等部校舎の屋上。
金網にぐったりともたれた円巳と、傍らにペルミナの姿がある。
「ここならゆっくりお話ができそうですわね」
階段を一気に昇ってきたにも関わらず、彼女は平然としている。
円巳は息を切らしながら言葉をつむいだ。
「君は……あの子は……いったい……」
「その前に、貴方のことを教えてくださらない?」
「ぼくの?」
「あの女は、あなたの特別な資質を求めてやって来たはず」
――そういえば――。
円巳はメルトとの会話を思い返した。
「ぼくのスキルが必要だと、言っていた気がする」
「やはりそうでしたの……。もう安心ですわ。わたくしがあなたを守るから」
その美貌以上に、ペルミナの頼もしさが円巳には輝いて見えた。
「でも、妙な話だよ。ぼくのスキルなんて、何の役にも立たないのに」
「あらあら。それはきっと、自分の本当の価値に気付いていないだけですわ」
ペルミナは鈴を転がすような声で笑った。
「あの女は宇宙の価値あるものを次々と手中に収めようとしている。わたくしは――わたくしたちは、それを防ぐために戦い続けているのですわ」
彼女の言葉に嘘があるようには聞こえなかった。
――しかし――。
奇妙な感覚が、徐々に首をもたげていた。
それは既視感だった。
彼女とは初対面のはずなのに、円巳は既視感を覚えていた。
……それも彼女自身ではなく、制服の方に。
袖口やスカートにフリルを増設した、いわゆる改造制服。
……そうだ、イージャの取り巻きの女子が着ていたものではなかったか。
それに、彼女のシャツ。夕陽を浴びているとはいえ、首元が赤く染まっているように見える。白く細い首には傷ひとつないのに……。
――では、これは
円巳の胸中を知ってか知らずか、黄昏の逆光を浴びたペルミナは、どこか妖しげに微笑む。
「ねえ、わたくしと……約束してくださる?」
ペルミナが円巳の手をそっと握った。
滑らかでひんやりした感触にびくりとする。
見上げると視線が交差した。今まで気付かなかったが、彼女は右眼がルビー、左眼がエメラルドの色をしていた。
二色の瞳に覗き込まれると、意識がほどけていく奇妙な感覚があった。
「……永遠に、わたくしのそばを離れないって」
ペルミナとの距離がさらに縮まり、身体を預けてくる。
甘い香りが脳を痺れさせた。
彼女の頭が動き、濡れた柔らかい感触が、円巳の首筋を這う。
――だが、彼の体を駆け抜けたのは快感ではなく、激痛だった。
我に返った円巳が首を押さえながら後ずさると、ペルミナは唇を撫でながら妖艶な笑みを浮かべていた。
「な、何を……?」
「うふふ。
円巳の首に、刃で切り裂かれたような十字の紅い傷痕が浮かび上がる。
「シグマ……?」
「永久に、わたくしに従う者の、烙印」
先程と変わらない、美しいペルミナの笑い声が、今度は地獄からの旋律のように響き渡った。
「君は……君はいったい、何だ?」
血にまみれた制服を一瞬で脱ぎ捨てると、その下から闇より黒い装束が現れる。
その右腕には、無数の刃で編み上げたようなガントレット型の凶器が装着されていた。
「わたくしは誇り高き死神、