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第3話 すべてを失う敗北者



 イージャたちが普段から溜まり場にしている体育館裏。

 果たしてそこでは、連中がタバコをふかしながら、ケバい女子を侍らせていた。

 唐突に走り込んできた可愛らしい少年に、取り巻きが「誰?」という顔をする。

 円巳まるみは構わずイージャの目の前に陣取り、きっぱりと言った。


帆波ほなみに嫌がらせすんの、やめろ」

「嫌がらせ? 何のことだ?」

「お前のパーティーに入れようとするのが、嫌がらせ以外の何なんだって話」

「……あ?」


 最初は半笑いでとぼけていたイージャの腹の虫が動く気配がした。

 ――いいさ、乗ってこい。


「恋人気取りかな、マルミちゃん?」

「幼なじみとして見過ごせないだけだ」

「おいおい、俺たちは優秀な人材をスカウトしてるだけだぜ。他のやつがどう思おうと勝手だがな」

「ならぼくと戦え。そして負けたら、二度と帆波に近付かないと誓え」

「ひ? へひゃ? ……あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 聞くに堪えない下品な笑い声が周囲に響き渡る。


「こいつ、とんでもないバカ野郎だぜ。ゴミスキル野郎がよぉ、【剣豪】のスキル持ちの俺と戦うだ?」


 そう、イージャは強力な剣術スキル【剣豪】を授かっている。

 家柄だけでなく、彼自身のスキルへの恐怖も級友たちが逆らえない理由となっていた。


 ――けど、そんなものは所詮付け焼き刃だ。


 円巳には確信があった。

 ほんの数日前にスキルを貰ったところで、ろくに鍛錬もしていないヤツを恐れる必要はない。


「お前が怖いっていうなら、不戦敗にしてやってもいいけど?」


 円巳は小首をかしげながら訓練用の木剣を差し出した。


「あ~あ……こんなオモチャでも当たりどころが悪かったら地獄を見るんだぜ。教えてやるよ」


 イージャが木剣の一振りをもぎ取るようにひったくると、円巳は自分の木剣を抜き、距離をとって相対した。

 「バカすぎ」「ありえない」「死ぬってマジ」……周囲から聞こえてくる雑音はすべて無視した。


「ならこっちも教えてやる。七光りのドラ息子なんかに【剣豪】はただの宝の持ち腐れだってこと」


 イージャのこめかみにピキピキと血管が浮き、両目が怒りに見開かれる。

 木剣を勢いよく抜いた彼は、挨拶もなしに円巳へ猛突した。


 ――ここまでは想定通りだ。


 イージャはまずお得意の突きから入ってくる可能性が高い。

 真っ向から迎え撃つと見せかせて背後に飛びすさり、突きをリーチギリギリでかわす。

 そして、失速した敵に一撃を喰らわせる。


 突きを使わずに間合いへ突っ込んできた場合は、まず上段から攻める動作を見せたあと、素早く中段に移行する。

 上に気をとられて無防備な懐に、円巳の低身長を活かしたカウンターが叩き込まれる。

 ヤツ自身の突進力もダメージに加算されるだろう。


 勝てるはずだ。

 こんなこともあろうかと、円巳は意識してイージャの試合を見続けてきたのだ。

 果たして円巳の予想通り、イージャが繰り出してきたのは突きだった。


 ――しかし、想定外のことが起きた。


 突きが失速しない。

 伸びが尋常ではない。


「……っっ!!」


 どうにか剣で受けたものの、両手が痺れて取り落としそうになる。

 間髪入れず、今度はイージャが間合いへ突進してきた。

 円巳は上段を狙う動作でフェイントをかけ、カウンターを取りにいく――はずだった。

 彼が体勢を落としたとき、上段にあったはずのイージャの剣は彼を待ち伏せていた。


 ――そんな、バカな。


 動きが速い。速すぎる。

 今までのイージャとはまったく違う。

 スピードも、そして――、


 叩き込まれた強烈な一撃が、木剣ごと円巳を吹き飛ばした。


 ――パワーも。


 カラカラン。


 空しい音を立てて円巳の剣が転がった。

 彼自身も、地べたに叩きつけられていた。

 これが、スキルの力なのか。


「よっわ。マジよえぇ。ゴミ、いやカスだな。てめえこそ、二度と玉串たまぐしに近寄らねえようにしとけよ」


 魔法が使えなくても、スキルが役に立たなくても、剣術なら努力で高められる。

 そう信じて実技も座学も時間の許す限り、授業と家業の合間を縫って励んできた。

 帆波と一緒に冒険へ出るその日のために。


 ――けど、勝てなかった。こんなクズにさえ。


「あ~らら、白いお肌が傷だらけで可哀想にぃ。帰ってママにお手当てしてもらえよ。……おっと、もう死んじまったんだっけなぁ!」


 耳を塞ぎたくなるような哄笑が響き渡った。

 悔しくてたまらなかった。血管が焼き切れそうだった。

 なのに、体はまったく言うことを聞いてくれない。

 立てない。動けない。

 大の字に倒れた円巳に、四方から嘲笑う声が降り注いだ。


「こんなのが冒険者志望とか、学園の恥だろ。……なあ、お前もそう思うよな、玉串ぃ?」


 ――帆波?


 円巳はイージャの視線を追った。

 ケバ女子に連行されるようにやってきたのは帆波だった。


「約束通り来たわ。もう円巳を傷つけないで」

「そいつが勝手に喧嘩売ってきただけだっての」


 愕然とする円巳の傍らにしゃがみ込むと、帆波は辛そうに彼の傷を見つめた。


「……ごめんね、円巳。私のために……」


 ――そんな顔をしないでくれ。ぼくのことなんてどうでもいいんだ。


 円巳は言葉を発しようとしたが、体が痛んでそれすら叶わなかった。


「もういいから。最初から、私がパーティーに入れば済むことだったんだ。それなのに……ごめん」


 ――駄目だ帆波。やめてくれ。


 円巳は心の中で叫んだ。

 しかし、帆波には届くはずもなかった。


「円巳ならきっと冒険者になれるよ。お母さんの後もきっと継げる。私はそう信じてる。だから、今は辛くても耐えて」


 ――違う。違うんだ、帆波。


「……また会おう、学校で」


 帆波が自分の意志をも振り切るように背を向けると、イージャが図々しくその肩を抱き寄せた。


「さぁて、邪魔の入らないところでパーティーの親交を深めさせてもらおうかねぇ~~~~~」


 帆波とイージャ、そして取り巻きの一団が遠ざかっていく。

 去り際に円巳へヤニ臭い唾を吐きかける者すらいた。


 ――ぼくの本当の夢は、君と一緒に……。


 たったひとり残された体育館裏で、地面に体を投げ出したまま、円巳は空に消えていく夢を追いかけた。

 青い空がぐにゃぐにゃと歪んで、それは儚く消えた。

 自分は敗けたのだ。

 そして、終わった。何もかも。


「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」


 円巳は吼えた。

 火のような涙を垂らし、喉が焼けつくほどに。

 涙でぼやけた空は、絶望的なほど青かった。


 と……。


 そのときだった。

 空の一点に、ゴマ粒のような黒いものが現れたのは。


 ――虫?

 カラスか?

 いや……なんか大きくね?


 円巳が危険に気付いたときには、それはすでに回避不能のところまで迫っていた。


 ――バッゴォオオオオオオオオオン!!!




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