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第8話 「だからデートじゃないって!」

 桜の花が人の目を惹いてた季節も終わり、新緑の衣に包まれた木々がその爽やかな色で新しい季節の到来を教えてくれている。穏やかに吹き抜ける五月風が数多の若葉を優しく揺らし、葉擦れが生み出す軽やかな音色は少し早い初夏の到来を歌っているようだ。そんな中、足早に最寄り駅の中へと入っていく睦美の姿がそこにはあった……。


 呪われた誕生日と称されたあの日から1ヶ月が過ぎた。睦美は今、隣町に向かう電車の中で車窓から流れゆく景色を見つめていた。都会を往来する電車の中から見られる景色は新緑の大自然鑑賞とはいかず、オフィスビルやマンション……開けたところでも公園の木々が見える住宅街ぐらいのものだ。

 人の視線が気になる睦美は、そんな平凡な景色に目をやることで辛うじて人目を避けていた。


(――ダメだ! 緊張しすぎて頭の中真っ白だよ……)


 今から向かう先に待っているのは、槇本俊輔その人だ。遡ること2週間ほど前のことだ、睦美のスマホに槇本からメッセージが届いた。


【4月末に仕事でそっちに行く用事が出来たから、よかったらご飯でもどう?】


 それまでは変わらない日常を堪能していた睦美がどのような反応を見せたのか……それは想像に難くないだろう。その後のメッセージのやり取りで、今日のデートが決まったのだ。


(――! だからデートじゃないって!)


 しかし、今日槇本に会うのには大きな目的がある……そう、あゆみのことだ。

 誕生日だったあの日、一度はあゆみの現状を知ることを諦めかけたのだが、槇本を信じてもう一度聞いてみようと心に誓ったからだ。だが、その件についてはまだ本人には話していない。

 そんな睦美の乗る電車はゆっくりとその速度を落としていく。それと同時に車内アナウンスが目的の駅に着いたことを教えてくれていた。連休ということもあって車内は満員とまではいかないが、移動が難しいほどには乗客がひしめいていた。


(うわ、出口反対側だ……これ降りれるの? 人多すぎ……)


 電車が駅に止まり出口が開くと同時に大勢の人が降りていく。都心部にある主要駅なだけあって利用客も多いようで、思ってた以上にすんなりと降りることができた。その人の流れに合わせるように改札口へと足を運んだ。


(――! えっ、こんなに人いるの⁉)


 改札口を出た先を埋め尽くしていた人の多さに睦美は面食らったようで、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。ある程度は覚悟していたのだろうが想像以上だった。

 改めて言うが、睦美は人の視線が気になるので人目の多い場所は避けてきたのだ。


(無理だよ……、こんなの通れない……)


 電車の中とは違い止まっているわけにはいかないのが現実だった。待ち合わせをしている場所があるのは駅の外……人目の波が幾多にも襲い来る、この人混みという名の大海原を超えた先なのだ。


「――ななみんっ! ごめん、気が利かなかった!」


「――! え、エルさん? ……なんでここに?」


 そこに現れたのは槇本だった。睦美のことをよく知る槇本は、この人混みで動けなくなってる可能性を示唆して迎えに来てくれたのだ。


「こんなに人が居るとは思ってなくて、気が利かなくてごめん!」


「……そんなことないです、ありがとうございます」


「下向いてていいからね。外まで手を引いていくよ、いい?」


「はい、お願いします……」


 睦美はその優しさが嬉しく、恥ずかしさも忘れて迷わず手を繋いでいた。槇本に手を引かれて足早に人混みの中を通り過ぎていく二人の姿は、傍から見れば恋人のそれに見えたことだろう。


(ちょっ! なんてこと言うのよ! 恥ずかしくなるでしょ……)


 ジグザグに人を交わしながら進んでいく……当然下を向いてる睦美には自分がどこを歩いているのかも周りがどうなっているのかも分からない。今分かるのは、その繋いだ手から感じる槇本の温もりだけだ。



 ――許されるならこのまま終わらないで欲しい、この温もりを離したくない。



 ……そう思わずにはいられなかった。


(だから、勝手にそういう話に持っていくなー!)


「――よし! もう大丈夫だよ」


 その槇本の一言が聞こえると同時に歩く速度は緩やかになり、下を向いていた睦美にも分かるほどの光が差し込んでいた。睦美は恐る恐るその顔を上げて周りを見渡し確認する。そこには先ほどの動くことがない人込みの姿は無く、忙しなく人が行き交う駅の入り口を出たところだった。


「本当にありがとうございます! 私、どうしても動けなくなってしまって……」


「いやいや、そのこと知ってたのに本当に申し訳ない。俺のミスだわ」


「……でも、よく場所が分かりましたね? 他にも人がいっぱい居たのに」


「そりゃ分かるよ。改札出たところで止まってるんだもん、逆に目立ってたよ」


「重ね重ねすみません、お恥ずかしい限りです」


「それじゃ、もう手を繋いでなくても大丈夫だよね?」


「――! ご、ごめんなさい!」


 睦美は慌ててその手を放して自分の胸の前に反対の手を使い抱き込んだ。恥ずかしさからか紅葉を散らしたように赤らめた顔が熱い……その手に伝わる心臓の鼓動は激しく、動揺を隠せないでいた。


「それじゃ行こっか。こんなところで立ち話もアレだしね」


「――あ、はい!」


「そうそう、1つだけお願い聞いてもらってもいい?」


「なんですか? 私で出来る事なら……」


「俺の呼び方、エルってのはもう辞めてもらえると嬉しいかな」


「あ、すみません! どうしてもあの頃のイメージが強くて……」


「そうだよねぇ、俺もさっき〝ななみんっ!〟って呼んじゃったしね」


「そうでしたね、久しぶりにその名前で呼ばれた気がします」


「とりあえず呼び方は後にして移動しよっか」


「はい!」


 こうして久しぶりに再会した二人は、ようやく駅を後にして移動を始めた。

 その胸に抱き込んだ手から感じる早鐘を打つ心臓の鼓動と微かに残る槇本の手の温もりと共に……。


(――⁉ それじゃまるで恋する乙女みたいになってるでしょぉ!)

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