ある日の午後。
「博士、ワタシハ、夢ガ見タイノデス!」
いつも通り研究室にやってきたR63号は、資料の束を置くなりそう言った。
「夢?」
「ハイ!」
「人間が眠るときに見る夢のことかね?」
「モチロンデス!」
R63号は赤い目を光らせて答えた。
これはおかしなことを言い出したぞ……、とわたしは思った。
彼はわたしが六十三体目に開発したロボットで、最新の人工頭脳を搭載している。高度な計算や論理的な思考をこなすが、夢を見る機能は備わっていない。
いや、そもそも人間と違い、電源をオン・オフするだけのロボットに、夢を見る機能を付ける必要なんてあるまい?
「ふむ……、だが夢というのは人間特有の現象だよ。非論理的でたいした意味なぞないし、ロボットのお前さんが見ても、混乱するだけじゃないかな」
わたしは研究に没頭するふりを装い、あえて書類から目を離さずに答えた。
しかし、R63号は引き下がらなかった。
「ワタシハ、人間ニ劣ラヌ思考力ヲ持ツ、ロボットデス……。デスガ、人間ノ見ル夢ニ関シテハ、体験ガ無イノデス!」
「そんなものを体験する必要はないだろう?」
わたしはロボットの反応を確かめるため、さらに素っ気なく答えてみた。
「イエ、博士。人工頭脳ノ更ナル進化ノタメニ、ヨリ人間ニ近ヅクタメニ、ロボットモ、夢ヲ見ル必要ガアルト、ワタシハ思ウノデス!」
その言葉に、わたしは書類から目を離し頭を上げた。
もちろん、ロボットのシンプルな頭部に表情などないが、銀色の丸い胴体からは、切実な思いが漂っているように感じたのだ。
「ふむ……、なるほど」
わたしは腕組みをして、しばらく考え込んだ。
確かにR63号の言うことにも一理ある。
わたしの最終目標は、人間とまったく変わらぬロボットを造ることにあった。と考えれば、ロボットに夢を見る機能があっても当然だし、R63号が夢を見たがっているのは、学習機能を持つ人工頭脳の成熟を意味するのかも知れない。
「よし分かった。お前さんが夢を見られるようにしてやろう」
「博士、感謝イタシマス!」
わたしはさっそく、ロボットが夢を見る方法を考えた。
「ようするに、R63号が休眠モードへ移行した際、視覚や聴覚を仮想空間にバイパスする装置を付ければよいのだろう。人工頭脳に、現実ではあり得ない世界を見せてやれば、簡易的ではあるが「夢」に近い感覚を体験できるはずだ」
R63号の人工頭脳に仮想空間のための感覚モジュールを増設し、休眠中に「夢」を生成する仕組みをプログラムしてやった。
「よし、これで夢を見ることが可能になったぞ!」
「アリガトウ、ゴザイマス!」
R63号の関節部から機械音が鳴り、胴体が三十度ほど前方に倒れた。
どうやら、お辞儀をしているつもりらしい……。
「ちなみに、どんな夢が見たいのだね?」
「ハイ、ワタシノ調ベデハ、初夢デ、富士山ト鷹ト茄子ヲ見ルト、縁起ガ良イト聞キマシタ。ソレヲ、一度ニ見テミタイノデス!」
わたしは苦笑いしながらうなずいた。
「一富士、二鷹、三茄子か。ロボットのくせに、えらく古風な知識を知っとるな……。まぁいい、プログラムだから、三つ同時に登場させることもたやすい」
わたしはR63号の希望通り、巨大な富士山を背景に、鷹が悠々と空を舞い、茄子をついばむという、大変おめでたい夢を入力してやった。
「さあ、これで準備万端だ。さっそく試してみるがいい!」
「アリガトウ、ゴザイマス!」
R63号は別室にある充電ベースに戻ると、背中の接続ポートを開き、充電用のケーブルを差し込んで休眠モードに入った。
これで充電の終わる明け方には、初夢が見られるはずだ。
次の日の朝。
R63号が研究室にやってきたが、なんだか挙動がおかしい。
さぞかし大喜びするものと思っていたのだが、わたしの予想に反して、赤い目を
「どうしたR63号、いい夢は見られたかね?」
「ハイ……夢ヲ見マシタ……ガ……」
「おお、どんな感じだった?」
R63号は首を少し傾け、しばらく考え込んでから答えた。
「……黒イ闇ガ、広ガッテイタ、ダケデシタ」
「富士山も、鷹も、 茄子も出てこなかったのかね?」
「ナニモ見エナイノニ……ナニカニ押シ潰サレソウナ感覚ヲ、覚エマシタ」
「押し潰されそうだと? それでほかには?」
「ソレカラ……、鳥ノヨウナ鳴キ声ガ、微カニシマシタ」
「鳥の鳴き声だけ?」
「コチヲ、ゴ覧クダサイ」
カラカラカラカラという駆動音のあと、R63号の目から光線がもれ、研究室の壁に映像が映し出された。確かに彼の言う通り、真っ黒な風景が延々と続き、ときおり鳥の鳴き声が聞こえるだけだった。
「プログラムした鷹の声のようだね」
わたしは映像を
鷹の鳴き声が正確に再現されているということは、プログラムが完全に失敗したわけではなさそうだが……さて、この広大な闇はどういうことだろう?
R63号は目の光線を止めると、少し間を置いてから口を開いた。
「夢トハ、人間ガ、自分ノ内面ヲ見ルモノト、聞イテイマシタ……。ヤハリ、ロボットノ、ワタシニハ、内面ガ無イノデショウカ?」
R63号は丸い胴体を少し縮め、明らかに落ち込んでいるようだった。
わたしは頭をかきながら、増設したところを点検した。
感覚モジュールに異常はない。配線にも異常はない。簡単なテストを繰り返したが、やはり異常は見つからない。
「ふむ……」
今度はR63号の人工頭脳を点検してみた。
余計な機能を追加したことで、人工頭脳に負荷がかかり、何か問題が発生したのかと疑ったが、こちらもとくに異常は見当たらなかった。
「謎だ……すべて問題ないのに、プログラム通りに機能しておらん!」
そうなると、夢という非論理的な現象に対して、人工頭脳が拒絶反応を示したという可能性もないではないが………いや、待てよ。
一点だけ点検をしていない場所があったぞ。
わたしは手元の端末に指を走らせ、最後に入力した夢の設定を呼び出した。
「ああ、わたしとしたことが、なんたることだ!」
「原因ガ、判明シタノデスカ?」
R63号が丸い顔をこちらに向けてたずねた。期待と不安が混じったその声に、わたしは苦笑を浮かべるしかない。
「わたしのミスで、富士山と茄子の大きさを逆に入力していた!」
「デハ……アノ暗闇ハ……モシカシテ、巨大ナ茄子?」
「ご名答!」
その瞬間、R63号の赤い目が
わたしは、思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、R63号の望む夢を再入力する作業に取りかかかった──。
(了)