何も喋らず下を俯いたままの剣持くん。
今彼がどんなことを考えているのかは分からない。
高遠くんに記憶があったことを知らされたこと。
そのことが彼の心に大きなダメージを与えていることは間違いない。
「ねえ剣持くん。あの時、あの場所で、2人の間に何があったのかな?」
「……別に何も」
「一ノ瀬さん」
「――!?」
顔を上げ、目を見開いて私を見る。
「剣持くんは一ノ瀬さんのことが好きなのよね?ああ、隠さなくて良いよ。クラスのみんな知ってることだから。そして高遠くんも一ノ瀬さんが好き」
「…………」
「でもあなたは気付いてた。一ノ瀬さんは高遠くんの事が好きだって。でもそれは高遠くん自身は気付いてない。あくまでも剣持くんとはイーブンだと思っていた」
「…………」
「あなた――あの時気付いてたんじゃない?あの場所に一ノ瀬さんがいたことに」
剣持くんの肩がビクッとする。
「そしてそのことを高遠くんに教えた。でもこれだけじゃ高遠くんが飛び出す理由が無いわね。本当に一ノ瀬さんと喧嘩してたのが原因なのかしら?」
「……喧嘩?」
なるほど、そのことは知らなかったと。
じゃあこっちか。
「私ね、小説を読むのが好きなのよ」
「……え?」
「いろいろな物語を読んで、私なりに別の物語を空想するの。だからここからは私の空想した物語」
ここまでの3人の物語を読んで、私の作った別の物語のエンディング。
「あるところに1人のお姫様がいました」
――「一ノ瀬歩夢」
「急に何を――」
「そのお姫様を取り合う2人の王子様もいました」
――「高遠良太」「剣持隼人」
「どちらがお姫様に相応しいのか、ある日2人はお姫様を賭けた勝負をすることになりました。勝った方が姫に告白をし、負けた方は潔く身をひく」
――高遠くんが急いでいた理由。
「――!?」
「勝負の方法は馬の早駆けです。ここからゴールまで、どちらが早く到着するかの単純な勝負。誰も見届け人のいない勝負のはずだったのですが、その話を聞いたお姫様がこっそりと2人の戦いの観に来ていたのです」
――どちらが先に横断歩道を渡り切るか。
「…………」
「しかし片方の王子様はそのことに気付いていました。スタートの時間が近づきます。投げた帽子が地面に落ちた瞬間がスタートの合図です。出遅れは許されない。しかし、万が一フライングした場合は負けとなる取り決めが交わされていました」
――合図は信号が変わった瞬間。
「投げられた帽子が風に舞い上げられてゆっくりと落ちてきます。あと少しでスタート。その時、お姫様に気付いていた王子がこう囁きました。――『姫様が観に来ているぞ』と」
――一ノ瀬さんが見ているぞ。
「気付いていなかった王子は反射的に後ろを振り向いてお姫様を探します。その一瞬の隙――もう1人の王子は手綱を緩めて馬を走らせる体勢を取りました」
――それはほんの少しだけ走り出す姿勢をとっただけ。
「それが視界の端に映ります。しまった!!そう思った王子は慌てて馬を走らせました。そしてその瞬間に見てしまったのです……。地面に落ちる直前の――未だ宙を舞う帽子を」
――高遠くんが見たのは、変わっていなかった赤信号か、それとも向かってきていた車か。
「お前……見てたのか?」
それは肯定の言葉。
「ん?何のことを言ってるのか知らないけど、私が見てるのは物語の世界だけよ」
答えは得られた。もう全部すっきり。
高遠くんが庇っていたのは一ノ瀬さんじゃなくて剣持くん。
彼がそうまでして守りたかったものを私は土足で踏みつけてしまった。
剣持くんがどこまでのつもりでそんなことをしたのかは知らないし、そんなことには興味は無い。
この後の3人の関係がどうなるかなんてどうでも良い。
「さ、帰りましょう。ごめんね。変な話で時間取らせちゃって」
でも気持ち良いぃー!!
謎を解くのって最高に気持ち良いじゃん!!
―― 完 ――