「じゃあ日直は、これを社会科資料室に戻しておいてね」
5時間目が終わると、先生はそう言い残して教室を出ていった。
「あ、私が代わるわ」
「え?どうしたの?」
「ん?ちょっとした気まぐれかな?」
今日の日直は剣持くんと涼香ちゃん。
私は席を立とうとしていた涼香ちゃんにそう言うと、返事を待たずに教壇へと向かう。
「あれ?馬淵?」
地球儀を手に持っていた剣持くんが不思議そうに私を見る。
「涼香ちゃんは体調が良くないみたいだから代わってあげたの」
「そうなんだ……」
剣持君は話す声にも元気が無い。
私は吊り下げ型の丸めた大きな世界地図を抱えて、剣持くんと一緒に教室を出る。
ねえ!普通、サイズ的にこっちを男子が持つんじゃないの?!
無言で歩く私たち。
2階の渡り廊下を渡って、向かいにある校舎の3階へ向かう。
こちらの校舎には教室が無いから、授業の終わったこの時間に他の人の気配は無い。
先生が教室に置いてくれていた鍵を使って中に入る。
「ここで良いのよね?」
いろいろな物が置かれている棚の空いたところに、シールで世界地図と書かれていた場所があった。
その2つ隣には同じく地球儀のシールが貼られてある。
「ねえ、剣持くん。ちょっとだけ時間良いかな?」
棚に片づけ終わって、無言で部屋を出ようとしていた剣持くんを呼び止める。
「……何?」
怪訝そうな顔で振り返った剣持くん。
普通、こういうシチュエーションだったら愛の告白とかって思わないかなあ!!
それともそう思ってのその顔なのかなあ!!
「あのね、高遠くんのことなんだけど……」
剣持くんがビクッと全身を震わせた。
「――亮太が何?」
その声のトーンにはあからさまな警戒の色が見て取れる。
「私、昨日高遠くんのお見舞いに行ったのよ」
「……何で馬淵が亮太の見舞いに?」
「何でって、私のお母さんが高遠くんのお母さんと友達だから、一度くらいお見舞いに行ってきなさいって言われて」
「そう……」
「うん。そしたら高遠くん。思ったよりも全然元気で、病院は退屈だから早く退院したいって言ってたよ」
「そう……」
「でも、剣持くんて、一度も高遠くんのお見舞いに行ってないよね?どうして?」
「どうしてって……」
「だって2人は友達でしょ?もう親友って感じの。それに事故の時に一緒にいたんだから、それこそ一番に様子を見に行くもんじゃないの?それなのに、剣持くんは一度も行ってない」
「……何が言いたいんだ」
「別に何ってことはないんだけど、不思議だなあって思って」
「俺も……目の前で亮太が撥ねられたから怖くて……」
「嘘だよね」
「え?!」
「それは嘘だよね?って言ったの。怖いのは本当かもしれないけど、その理由は嘘だよね?」
「お前……何を言って――」
「だって教室で見る剣持くんは、こっちが悲しくなるくらい落ち込んでたもの。あれは事故を見て怖いというよりも、これから起こる何かに怯えているって感じがしたんだよね」
「それはお前の勝手な――」
「うん。そうね。これは私の勝手な思い込み。剣持くんがどんな気持ちでいるのかなんて解りっこないから」
「……何が言いたいのか分からないんだけど」
「高遠くん――事故の時の記憶があるよ」
「――!?」