母親と俺の間で手を繋いで歩くケンジ。
知らない人が見たら家族にしか見えないだろう。
母親がいるのに、どうして俺から手を放してくれないのかは分からない。
さっさと送り届けて解放されたいものだ。
「ぶらんこやってー」
「ん?こうか?」
逆サイドの母親と息を合わせてケンジを持ち上げて前後に揺らす。
「きゃー!きゃきゃ!」
楽しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。
「よーし!少し大きく揺らすぞ」
「うわー!!」
本当に早く解放されたいものだ。
商店街を抜けて5分ほど歩いたところの一軒家の前で止まる。
築は結構建っていそうなので賃貸の住宅といったところか。
「本当にありがとうございました」
そう言って母親は再び頭を下げた。
「良かったら中でお茶でも」
「いえ、俺はここで結構です」
ケンジは脱いだダウンジャケットとマフラーを俺に渡すと、一気に寒くなったのか、玄関に向かって走っていってしまった。
ドアから身体を半分だけ出してこちらへ手を振るケンジ。
「お兄ちゃん!またねー!」
そんなことを言われても、子供と遊んでやる趣味は持ち合わせていない。
――あ。
「どうしようもなく暇になったらな」
俺はそう言ってケンジに手を振り返した。
次の約束などするはずもない。それでも偶然見かけた時に暇だったならそれも運命だと諦めてやる。
まあ、1年後くらいにそんな偶然があるのかもしれないが。
何故かそれで満足したのか、ニコッと満面の笑みを浮かべて家の中へと入っていった。
ケンジの中では、すでにサンタのことはどうでもよくなっているらしい。
ケンジの姿が見えなくなったことを確認してから、俺は母親に話しかけた。
「お母さんは『クリスマスキャロル』という映画を観たことがありますか?」
「え?あ、はい。前にケンジと一緒に……」
「そうですか。ご両親はスクルージのような後悔をしなければ良いですね。ティム少年こそが、あなたたちの息子さんなのですから」
「それはどういう――」
「サンタクロース」
「――!?」
「来る日を間違えたあわてんぼうのサンタクロースは、果たしてケンジ君にどんな未来をプレゼントしてくれるんでしょうね?孤独、失望、絶望――その先に改心した明るい未来なんてものは現実にはないですからね。時間は巻き戻せないし、やり直せない。スクルージであるあなたたちは、ケンジ君にとってはサンタクロースでもあるんですよ」
「……あなた」
「ああ、すいません。これ」
俺はずっとかばんに入れていた本を取り出す。
「今日買ったばかりなんですよ。ディケンズの『クリスマス・カロル』。何故か急に読み返したくなりましてね。それでちょっと独り言を言ってしまいました。ではこれで俺は失礼しますよ」
「…………」
「あ、そうそう。一度ケンジ君を眼科に連れていくことをお勧めします。彼は色覚異常があると思います。まあ、大したことはないかもしれませんけど――一応ね」
そして俺を軽く睨むようにしていた母親を気にする素振りも見せずにその場を後にした。