夕日に朱く染まった教室。
マーブル先輩に言わせればロマンティックな景色。
「こんにちは」
僕はそこにいた人物に声をかけた。
「――?!」
突然声をかけられて驚いたのか、慌てて振り向いた時に椅子に体をぶつけてガタンという音が静かな教室に響いた。
「――っ!」
「ああ、驚かせてしまってすいません。こういうのはシチュエーションが大事だって先輩に教わってまして」
こちらを振り向いた人物の顔は逆光になってよく見えないけど、多分ホームズ先輩に向けられているのと同じ表情をしてるんだと思う。
「探しているものはこちらですね?」
僕はそう言って白い封筒を見せる。
「心配しないでください。中身は神に誓って見てませんから」
「どうして――」
「この時間にあなたがここに来るだろうと思って、先にこれを回収しておきました。良かったですね。今日、たまたま美星先輩が休みで」
「……」
「あなたは「見知らぬ女生徒」なんて見てないんですよね?」
「……」
「いや、違うか。あなたが「見知らぬ女生徒」だったんですね?――内山田先輩」
時刻は18時20分。
3-Dの教室にいたのは部活終わりの内山田先輩。
ゆっくりと近づいてくる先輩の顔に夕日が当たり、その緊張した表情がようやく見えた。
「お前……」
「あれは美星先輩の席ですね?ここで何をしていたかなんて野暮なことは訊きませんよ。これを回収しにきたことは分かっていますから」
「くっ!」
内山田先輩は僕の手にあった封筒をむしり取るようにして奪った。
「昨日の放課後。部活が終わった先輩はみんなが帰って誰もいないのを確認してこの教室に入った。そしてその封筒――ラブレターを美星先輩の机の中に忍ばせた。でもラブレターとか今時珍しいですね。先輩って意外とロマンチストなんですね」
「……馬鹿にしてるのか?」
「いえいえ、本心からそう思ったんですよ。なんせうちの部には人の感情をこれっぽちも理解しようとしない人がいますから、そういう人間ぽいことをしているのを見ると嬉しい気持ちになるんです」
「……あの変人と比較されるのは気持ちいいもんじゃねえよ」
「まあ、そうでしょうね」
ほとんどの人類があの人よりはまともな感性をしているだろうから。
「先輩は手紙を入れ終わった後、教室を出ようとした時に鈴原先輩と美星先輩が教室にやってきた。先輩は誰かが来たことに気付いて、自分だと気付かれないよう二人が教室に入るタイミングを見計らって教室から飛び出した。そして隣の自分の教室3-Cに入って隠れたんですね?」
「……どうしてそう思う?」
「だって先輩が言ったんじゃないですか。窓越しに見えた人影は
そう言って後ろを振り向くと、僕の作った長い影法師が廊下にいた。
「そして先輩は桃鈴先輩を見ていないと言った。あの時、隣の教室から廊下に出てきた桃鈴先輩と美星先輩を見ていないのはおかしいですよね?自分の教室に慌てて逃げ込んだ先輩は、誰が入って来たのかを見る余裕もなかったでしょうし、姿を見せて無関係を装うほどの精神的な余裕もなかったでしょうね。普通は先輩が人の教室で何かしてたって思われるでしょうから」
「……ああ、お前たちが帰った後に俺の他にも「見知らぬ女生徒」を見たって言ってる奴がいるっていう話を聞いた。それまではあの時の生徒が桃鈴と美星だと知らなかったし、すぐに廊下まで出て確認してるとは思ってなかった…」
それは内山田先輩の自白。
「かなりびっくりしたでしょうね。だって先輩は自分の姿を見られたかもしれないと思って、二人がその時に見たのは「見知らぬ女生徒」だったと思わせる為に、わざわざ自分はたまたま教室に戻って来た時に「見知らぬ女生徒」を見たって言ったんですから。その噂が広まった時にそう思わせる為に。それなのに相手は勝手にそう思ってたんですよね。それで先輩の、後から「ああ、あれがそうだったんだ」と思わす作戦は、渡会先輩いう拡散装置を経て予想外の噂の広がりを見せ、その日の午前中には新聞部の耳に届いた。そして見られた二人が誰だったのか知る前に僕たちが訊きに来た」
「……もう少し情報があれば、もっと上手く答えられたかもしれないな」
そう言った内山田先輩の顔はどこか寂しそうに見えた。
「情報といえば渡会先輩のこともですよね?」
内山田先輩の体がビクッと動く。
「美星先輩と渡会先輩が付き合ってるという話も今日初めて聞いたんですよね?この件の関係者である美星先輩の話ですから、隣のクラスに広まるくらい、女子の伝達速度ならあっという間だったでしょう?もしも付き合っているのを先に知っていれば、ラブレターを渡そうと思う事もなかったし、わざわざ回収しに来る必要もなかったですね。――でも本当に良かったですね。美星先輩が今日休んでて」
ちょっとだけ皮肉を込めてそう言った。
さっきは嬉しい気持ちになるといったけれど、本当は――僕に欠けている感情に触れると少しだけイラっとする。
「……手遅れどころか、お前は最初からそっち側の人間だったんだな」
教室を出ていく僕の耳に、内山田先輩のそう呟く声が聞こえた。