「ユキノさん!」
ユキノさんへと駆け寄ると、偉そうな兵士はバツ悪そうに剣を抜く。
腹から血が噴き出す。
急いで手で抑えて止血する。
「なんてことを!」
その出血の量を見ると、いつかの手術の光景が脳裏によぎる。
呼吸が荒くなる。
あの時、僕は後輩がミスをした手術の責任者だった。
執刀医は僕で、助手を後輩がやっていた。
手術中に後輩の手元が狂って大量に出血してしまい、リカバリーできずに手術は失敗に終わってしまった。
あの時、僕が即座に対応していれば。
その日から憑りつかれたように失敗した術式のシュミレーションを何度もやったものだ。
結局大学病院を辞めてしまったのだが。
ここで諦めたら絶対に後悔する。
「貴様が悪いのだぞ!」
辺りを見渡す。
後の患者は軽傷のようだ。
後回しでも大丈夫。
今は、ユキノさんを助ける。
「メルさん! こっちへ!」
振り返ったメルさんは血相変えて駆けてきた。
「なんでユキノさんが刺されているんです?」
「そこの兵士が刺したんです」
メルさんは普段おっとりと垂れている目を、見たことがないくらい吊り上げてその兵士を睨み付けた。
「あなた! 恥を知りなさい! 一般の人に手を出すなど、言語道断です!」
「う、うるさい! なんだ貴様は!」
「私は、国家治癒士。階級は大尉。あなたみたいな一軍曹程度が逆らっていい相手じゃないわよ?」
「そ、そんなわけあるか!」
「今は時間が惜しい。覚悟しておくことね。もうあなたの人生、終わりよ?」
その偉そうな兵士は顔を青くして立ち去った。
メルさん階級が上の人だったんだ。
そんなことも知らなかった。
「せんせー。ウチはどうすればいいですかぁ?」
いつものメルさんに戻った。
傷口を抑える様にお願いして縫合の準備をする。
このまま手術をしたいけど、痛みを抑えないとユキノさんがつらいだろう。
シービレがあれば……。
「ヤブせんせー! どうしたんだ!? ユキノさんが血まみれじゃねぇか!?」
そこへやってきたのはヤコブさんだった。
なんていいタイミングで。
「ヤコブさん、治癒院からシービレを持ってきてもらえますか!?」
「おう! 任せろ!」
治癒院へ連れていくのは危険だ。
出血が多くなるかもしれない。
下手に動かさない方がいい。
ストレッチャーがあれば別だけど、そんなものこの世界にはない。
これで少し待てば縫合できる。
傷口を確認する。
血が多く流れる前にどうにかしたい。
内臓が傷ついている。
これは縫合する優先順位も考えないと。
傷口を抑えてなんとか止血しているとやコブさんが来るのが見えた。
さすが、A級冒険者だ。速い。
「せんせー!」
「有難う御座います!」
即座にシービレの花粉をユキノさんへ吸わせる。少し表情が緩んだ気がした。痛みが無くなって少し楽になったんだろう。
ここで手術するしかない。
「メルさん、雪乃さんを横にさせて下さい」
「はい!」
いつになく険しい顔をしている。これまで共に働いてきた仲間だ。軍人のメルさんはより仲間意識が高いだろうから、辛そうだ。
「ユキノさん、しっかり。僕が必ず助けます」
ユキノさんの表情が動いた気がしたけど、今はそれどころでは無い。
急いで縫合に入る。
「メルさん牙ちょうだい」
植物の牙を受け取り、ムーランに声をかける。
「ムーラン糸をお願い。長めにね」
身体を震わせるとおしりからキラキラとした糸を出してくれた。それを牙へと付けて傷口の縫合へと進む。
まずは、背中を縫合する。
慎重に静かに冷静に。
頭がスーッと冷えていく感覚。
この感覚は前の世界で手術をしている時に至った境地である。高い集中力を発揮している状態。いわゆる、ゾーンのようなもの。
傷口が残らないようにしたいが、今はスピード勝負。残らない縫い方は僕の技量では時間がかかる。
通常の縫合にするしかなかった。
その判断のおかげか、背中は早くに縫い合わせることができた。
「メルさん、寝かせていいよ」
「はい!」
ユキノさんを仰向けに寝かせると内臓の縫合に入る。血が出すぎて見えない。包帯代わりの植物の繊維で吸収するが、限度がある。
「メルさん、回復魔法をかけてもらえますか?」
「いいですけどぉ。効果がないんじゃないですか?」
「止血位にはなるかもしれません」
「やってみます!」
メルさんは目を瞑ると雰囲気が変わった。
何かとてつもないものを感じる。
これが魔力なんだろうか?
「女神よ。この者の傷を癒して。ヒーリング!」
ユキノさんの身体が光を纏う。
内臓も光っているように感じる。
植物の繊維で吸収していると少し血が止まってきた。
「そのままかけ続けて!」
これならいける。
血を吸い出しながら内臓を縫合していく。
切れた部分を綺麗に縫い合わせる。
少し時間がかかる。
やっぱり道具が足りない。
なんとか縫合できているが、道具不足はこれからの課題だ。
「ふぅぅぅ」
深呼吸する。
焦るな。
慎重に。
大丈夫。
僕ならできる。
あの時、必死に練習したじゃないか。
体が覚えてる。
ユキノさん。
死んじゃダメだよ。
絶対に助ける。
この傷は、僕が治してみせるから。
なんとか立ち直って。
「せんせー。汗拭きますよぉ」
メルさんが声を掛けてくれたが、反応する余裕はない。心の中で感謝しながら手術を続ける。
絶対に助ける。
頼むから、ユキノさんも諦めないで。