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第26話 手術と隊長

「ふー。それじゃあ、縫合手術を始めるよ」


 ユキノさんをチラッとみると頷く。


「ピンセットとってくれる?」


「はい」


 この世界には手術のちゃんとした道具はない。だから、あるものでなんとかするしかない。細かい物を取るためのピンセットはある。


 その少し大きめのピンセットを使い、針を血管へと通していく。

 大きい血管から始める。

 一針を慎重に通しながら縫い合わせていく。


 ムーランの糸は人体に影響を与えないことが確認されている。それは、自身の足を縫ったことで気が付いたのだが、一定の期間が過ぎると溶けてなくなるのだ。


 これは素晴らしい糸だと思い、使うことに決めた。


「汗を拭いてくれるかな?」


「この布で良いですか?」


「うん。いいよ」


 手袋もないからアルコールをかけて消毒した手で手術している。感染症にならない様に最新の注意をはらわなければならないなぁと思ってのことだ。


 ユキノさんから汗を拭いてもらう。

 五十代だから老眼がはいってきそうなくらいだ。

 細かい血管を見るのは目が疲れる。


 本来であれば顕微鏡のようなものを使うのだが。


「あっ、ユキノさん、受付カウンターにあるレンズ持ってきてもらえますか?」


「今、とってきます!」


 受付に老人の人用のレンズに似たガラスがあったのだ。

 それを取ってきてもらい、手元に置いてもらう。

 すると、手元がアップになった。


「うん。これいいね」


 作業ははかどってきた。

 大きい血管を縫い合わせると、小さい血管に取り掛かる。


 ある程度の大きい血管と神経をつないだら、後は体の治癒力を頼るしかない。

 手元がくるわない様、慎重に縫っていく。

 一本繋いだら切りを繰り返す。


 何分経っただろうか。

 あまり時間がすぎてもこまる。

 できるだけ小さい血管も縫合した。


 緩めていた糸を一気に締める。


「うん。これでいいかな。葉っぱを腕の周りにまこうか」


 肉食植物の葉を腕に回していく。

 そして、軽く縛った。

 この葉は治りを早くする作用があるようなのだ。


 その腕の周りを布で包んで固定する。

 これでいいかな。

 本当は包帯のようなものがあればいいんだけど。


 今度また探しに行こう。


「どれくらい時間経ったかな?」


「二時間ほど経ったみたいです」


「ふぅ。そっか。結構時間がかかったけど、仕方ないね」


「やっぱり先生はすごいです。神のようでした」


「はははっ。大袈裟だなぁ。そんなことないよ。最後に痺れを取って終わりにしようか」


 アッシュさんにしたように鼻と口にアボゴボをあてて空気を吸わせる。これで今回の手術は完了だ。


 なんとか終わってよかった。

 これであとは経過を見るしかない。

 動くようになればいいけど。


 どちらにしてもリハビリは必要だと思う。


「っつ。痛いですが、腕の重みを感じることができて、自分は幸せだ」


 軍人の隊長は起き上がるとこちらを向いて頭を下げた。


「できるかぎりのことはしました。あとは、くっついた時に動くかどうかが問題です。動くようになっても、元のようになるまではしばらく慣らしが必要でしょう」


「うむ。それは仕方ないでしょう。腕を諦めていたんです。希望が少しあることは嬉しい」


「戦はやめるべきです」


 隊長の目を見つめてそう言い放つ。


「自分達は、国の為に動いている。戦自体は、国の威厳を保つためらしい。攻撃されて黙っていればなめられる。そういうことだろう」


 少し顔を歪めてそう語る。


「人の命を奪うような戦いに何の意味があるんです? 国のトップは、話し合いをしたんですか?」


「いや、してないだろうな。相手が話し合いに応じるかどうかもわからん」


「こっちの国には国民を守るという大義名分がある。あっちにもなんらかの理由があるのだろう」


「だとしても……。言っても仕方ないですね」


 隊長も肩をすくめた。


「そうだな。ここでは、いくら話したところで、解決する話ではない」


「はぁ。治癒魔法が効かないんですから、重症の人は連れて来てください。できるかぎりのことはします」


「あぁ。そうするよ。感謝する」


「ただ、料金は街の人と同様にとりますからね?」


「はははっ。それは仕方がないだろうなぁ。アイツは頭が固いんだ」


「ベントさんでしたっけ? 軍人から金をとるのかみたいな感じでしたけど? なんでそんなこというんです?」


「国のために働いているのが偉い。そういう風に上が吹き込んでいるのさ。だから、国民を下にみている。自分達が守ってやっていると、そう思っているのだろう」


「それは、また傲慢ですね」


 僕は、呆れかえってしまった。

 そういう思考回路になるのは、たしかに吹き込んだ人が悪いのかもしれない。

 そんなことを吹き込むような人がこの国の上の人だとすると、この先が思いやられるな。


「そうだな。自分は、国民の為に働かせてもらっていることを誇りに思っているんだ。隊長をやらせてもらっているのもありがたい。自分の部下にだけでも、自分の考えを教え込もうと思っている」


「その結果があれですか?」


「はははっ。面目ない。自分を敬ってくれているのだろうけど、あぁいう形になってしまうとはな」


「もう少し指導が必要ですね」


「うむ。その通りだ。よく言い聞かせておく」


「斬られそうになりましたからね」


「それは、本当に申し訳なかった。お金もちゃんと払う」


 また隊長は頭を下げた。


 部下を持つっていうのは難しいものだよね。

 僕も、部下を持ったことで苦しんだからわかる。

 上の人は責任を取るしかないんだ。


 さて、ベントさんは落ち着いたかな?

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