「せんせー。改めてありがとう! おかげで同僚が目を覚ました。薬のおかげだよ」
「いえ。ユキノさんのおかげで完成したようなものですから」
治癒院へやってきたヤコブさんは来るなり頭をさげた。あんなに男は頭を下げるものじゃないと僕には言っていたけど。それだけ感謝されているってことなのかな。
「ユキノ嬢にもさっき礼は伝えたよ」
治癒院の受付兼助手をしていることから、ヤコブさんはどこかの組のご令嬢のような呼び方をし始めていた。いいんだけどね。
「街の人のお役に立てたようで何よりです」
「本当に謝礼はうけとらねぇのかい?」
「んー。ずっと寝たきりだったんです。急に回復してもお金払えないでしょう?」
「まぁ。たしかになぁ」
それに、アッシュさんを助けた薬だし。アッシュさんたちからはお礼だということで多いって断ったんだけど、五千ゴールド頂いているし、何も問題はないのだ。
「アッシュさん夫婦から沢山もらいましたし。ここへ来てくれている患者さんからも貰ってますし。十分ですから」
「せんせーは、欲がないねぇ」
「はははっ。よく言われます」
今は患者さんもいなくて、和やかなひと時を過ごしていた時だった。
急に治癒院の扉が乱暴に開けられる音が響いた。
同時に鉄が擦れるような音もする。
「ここにヤブという治癒士がいると聞いてきた! 魔法を使わない治療をすると聞いたが本当か!?」
「はい。ここはヤブ先生の治癒院です。その患者さんですか!? 腕が……せんせー!」
診察室の扉を開けて確認しているところだったので、ユキノさんのすぐ後ろにいた。やってきたのは、軍人のようだ。鎧を着て肩を担がれて運ばれているその人は腕が切断されていた。
「腕が切断されたのをどうにかできないか!? 切り離された腕はここにある!」
「切断されたのはいつですか?」
「数十分前だ。一応腕を縛ってきたが……」
「それは、賢明な判断でしたね。その処置がなければ、死んでいるところです。数十分前なら、その腕もなんとかなるかもしれません。ベッドへ」
ベッドへと寝かせる。腕を痛そうに寝転がる男性は年齢は僕よりしたかもしれない。付き添いの男性はもっと若い。その若者は僕の方を向いて言い放った。
「おい。軍人から治療費はとらないだろうな?」
「とりますけど?」
「なっ! なぜだ!?」
「国の為に働いているから、お金を払わなくていい。そんなバカな話がありますか?」
「体を張って戦っているんだぞ!?」
「僕は、別にお金が欲しいわけではありません。この街の人達からお金を取っているのに、あなたたちだけ取らないのは不平等です」
「ふざけるな!」
「ふざけていません。あなたこそふざけないでください。街の人達だって必死で街の人の為に働いているんですよ? それを、国のために働いているから払う必要がない? 何をとちくるったこと言っているんです?」
そこまでいうとその若者は頭を真っ赤にして目を吊り上げてこちらを睨みつけた。
息を荒くして、興奮している。
「おまえみたいな奴に治療はしてもらわん!」
ため息をついてユキノさんへ「ムーラン連れて来てください」とお願いする。
「誰を連れてくる気だ!?」
「ペットです」
「はぁ!? ふざけおって! 叩ききってくれる!」
その若い軍人は処置室で剣を抜こうとした。
「──させねぇよ!」
若い軍人の手を握り、動かない様に力づくで抑えたのはヤコブさんだった。ずっと隣で見守ってくれていたのだが、我慢の限界が来たようだ。
「貴様はなんだ!?」
「冒険者だ。そして、このせんせーは俺の恩人だ。やらせねぇ」
「なぁにぃ!? 冒険者風情がぁ!」
怒りの矛先をヤコブさんへと向けたその時だった。
「くっ……ベント。お前、うるさい」
「隊長! だって、このじじぃが!」
「もちろん、金は払う。どうにかしてくれるか? 最悪、腕は諦める」
ベッドへと横になっていた男性が声を発した。
痛みに耐えながらも、部下を叱っている。
こちらの立場を考えての回答だったのだろう。
「はい。なんとか、全力でやらせてもらいます。まずは、この袋の匂いを嗅いでください」
「わかった」
隊長は袋の匂いを嗅ぐと固まって動かなくなった。シービレの花粉が効いたようだ。これで麻痺するから痛みは感じないだろう。
「ムーランを連れてきました」
「ありがとう」
僕はユキノさんへと礼をいい、ムーランを肩に乗せた。
「おい! そのポイズンスパイダーをどうする気だ!?」
「この子の糸を使うんです。あとは、この植物の棘も使います」
一回処置室を出たユキノさんが肉食植物の鉢も持ってきた。
この子にはたまに虫を食べされせてあげたりしている。
虫には悪いけど。治癒院の為だから。
「そんなものを使うのか!?」
「これが僕の治癒の仕方です」
また目を吊り上げながら詰め寄ってきた。
いいかげんうるさいなぁと思って呆れていると。
「お前はこっちにこい」
ヤコブさんが若者の軍人を羽交い絞めにして待合室へと引き摺って行った。
これで少し静かになった。
こころを落ち着けて集中しよう。
「先生、どうするんです?」
「できるだけ血管を縫合するよ」
「えぇ!? この細いのをですか?」
「そのために、小ぶりな子にもここに来てもらったんだよ」
「そのためですかぁ」
小ぶりな肉食植物の牙は細くて頑丈だったのだ。
その牙にムーランの糸を付ける。
台に乗せた切り落とされた腕をベッドの横へと設置する。
「ふー。それじゃあ、縫合手術を始めるよ」
これからこの世界で一番の難関手術が始まろうとしていた。