あれから三種類、四種類と掛け合わせてみたけど、うまくいくことはなかった。そうこうしているうちに時間は過ぎ去って行き。
「せんせー! アッシュの奥さん、陣痛来たってよ! どうだ?」
「まだ駄目です」
「そうか。せんせーはよくやってくれたよ。そんなに満身創痍になって。一緒に事情を話そう」
肩をポンッと叩き、治癒院から出て行くヤコブさん。その背中を見ていたら僕は何もできない自分にいらだちを覚えてしまった。
「うぅぅあぁぁぁっ! くっそぉぉぉ!」
テーブルに置いてあった器を床へとぶちまける。
そもそも薬剤師でもなんでもないただの街医者が知らない症状を、薬でどうにかしようというのが無謀だったんじゃないのか?
僕はそれを自信満々に任せてだなんていうから。これでみんなからの信頼は失墜した。この世界でも僕は独りぼっちになるのだろう。
テーブルに頭を伏せてテーブルを殴りつける。
「くそっ! くそっ! く──」
「──まだです。ヤブ先生」
ユキノさんが手を掴んでこちらを強い目で見つめていた。
「でも、もう……」
「アッシュさんのお子さんのお産には間に合わないかもしれない。でも、このシービレへの薬ができれば、今寝たきりになっている人を救うことができます! それこそ、多くの人を!」
頭を殴られたような衝撃をうけた。
この期に及んで、僕は自分のことを考えていた。独りになるとか、そんなどうでもいいことを。ユキノさんはぶれずに患者さんを救うことを考えていたのに。
「はははっ。本当に僕は滑稽だね。焦って勝手にリミット決めて、そして勝手に絶望していた。ユキノさんは強いね」
「ヤブ先生のおかげです。私が強くなれたのは、先生がいたから。そして、先生の知識はこの世界を救ってくれると思ったからです。治癒魔法の効果がないことに、絶望していた。そこに光を見せてくれたのは、先生です」
「そんなこと……」
「あります! さっ、続きをしましょう! といっても……」
散乱していたのは調合していた薬草たちだけではなく。シービレの花粉もこぼれてしまっていた。
「あの、これは的外れかもしれないんですけど、シービレの花粉も混ぜてみたらどうですか?」
それは確かに試していなかった。
試すなら、薬草だろう。
少し薬草にシービレの花粉を入れてみる。
ユキノさんが潰して混ぜ合わせてくれた。
少し水を入れてするととろみが出てきた。
これはかなりの賭けになる。
下手をすると痺れがひどくなるかもしれないからだ。
できた液体を小さな器に少しとる。
それをゆっくりと口に持っていく。
流し込むと苦みが口に広がり、草の香りが鼻を抜ける。かなりまずいが、花のような香りもする。これがシービレの香りなのかもしれない。
手を開いたり閉じたりして感触を確かめる。
少し痺れが治まっていると思われた。
これはいけるかも。
もう少し飲み込むと、痺れはなくなった。
これだ。
「痺れがなくなった……」
「やったじゃないですか! 先生!」
「はははっ。やりましたね。ユキノさん!」
「これを飲ませれば!」
ユキノさんのその言葉を聞いた時、絶望してしまった。
「全身が痺れていては、液体を飲み込められずに、溺れて死んでしまいます」
「じゃあ、どうすればいいんですか!?」
せっかく薬ができたのに、飲ませる方法がない。どうすればいい。
何か方法はないか?
飲み込めない人に薬を投与する場合、注射を使用していれるか、点滴。
そんなの針もなければ、管もない。
ん? 管?
「そうだ! あれが!」
森へ行った時に採取してきた植物の茎。それを管に使える。けど、これは太すぎる。体内に入れるには、針もないし。
「これは太すぎる。どうすれば……」
「んー。難しいですねぇ。花粉みたいに吸わせることができればいいんでしょうけどねぇ」
「っ!?」
それだ。
麻酔みたいにマスクを作って気体で吸わせればいいんだ。それは盲点だった!
「でかしたよ! ユキノさん! コンロと鍋をここに持って来よう!」
居住エリアからコンロを持ってきて、鍋をその上に置く。そこへ水を投入する。そして、薬草のペーストとシービレの花粉を入れて混ぜる。火をつけて煮始める。
「ユキノさん、この前食べたアボゴボの皮残ってたよね?」
「はい……けど、どうするんです?」
「あれがちょうどいいんだ。あと、鍋の蓋ちょっと壊すね」
アボゴボの皮を台所から拝借してその真ん中へと金属の串で穴を空ける。鍋の蓋は鉄製だけど、持ち手の部分を外せば穴ができる。
森で採取してきた茎を鍋の穴とアボゴボの穴へと通す。これで即席の装置のできあがりだ。鍋はグツグツしてきていて熱気が漂っている。
「ユキノさん、氷を袋に入れて持ってきてもらえるかな?」
「はいっ!」
台所へと走るユキノさんの背中を見送りながら、もう片方のアボゴボをアッシュさんの鼻と口を塞ぐように被せる。このままだと熱いから。
「持ってきました!」
「ありがとう」
茎の真ん中を冷やして冷たい空気にする。こうすれば、やけどはしないだろう。
徐々に沸騰する鍋、そこから気体が茎を伝ってアッシュさんへと送られていく。
吸い込んでくれるはず。
これで、目を覚ますはず。
沈黙が支配する室内で、鍋の沸騰する音だけが響き渡る。
「せんせー! もう産まれるぜ!」
ヤコブさんが最後の報せに来てくれたようだ。
その声を合図にしたかのように、アッシュさんの目がピクリと動いた。