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第21話 奇跡を

 買ってきたものをテーブルに並べて、意を決して薬の作成に取り掛かる。


「薬草とかは、この辺ではどういう風に使うの?」


「んー。すり潰してお湯にとかすとか、煮詰めて使うとか。そんな感じですかねぇ」


 こっちの薬の作り方はわからなかった。なので、念の為きいてみたけど、思っていたのとさほど変わらなかった。


 試しに薬草を一本取ると、ユキノさんの持っていたすり鉢とすりこぎ棒を借りてすり潰す。すり潰してみると葉の色である紫へと染まっていく。


 こんなに体に悪そうな色をしていて本当に薬草なのか?

 そう少し疑問に思いながらもペーストになるまでよく潰す。

 薬草の効果があるかどうかを試してみよう。


「それ、どうやってシービレに効くか試すんですか?」


「ん? こうする」


 シービレを入れている袋を開いて顔を突っ込み、少し息を吸い込む。すぐに袋を閉じて横に置く。


「ちょっ! 先生! 無謀ですよ!?」


 手が少しピリピリと痺れてきた。


「こういう方法しか思いつかなかったんだ」


 すり潰した薬草を指ですくい、口へと運ぶ。凄まじい苦みが舌を襲い、その後には青臭さが口の中に残った。良薬は口に苦しというが。


 こんなに苦いとは。苦くて意識が遠のきそうになりながらも耐えて飲み込む。指の痺れは一向によくならない。これは効かないのだと判断し、いったんおいておく。


 まだ痺れているので、そのまま次のコウライを試してみる。これもすり潰してみようと思うが、手が痺れていて力が入らない。


「ユキノさん。申し訳ないのだけど、そのコウライをすり潰してくれないかな? 痺れて力が入らないんだ」


「そりゃそうですよ! まったく。シービレの花粉を自分から吸い込むなんて自殺行為ですよ!?」


「それでも、やらなきゃならないから」


 ユキノさんはこちらを睨みつけた後、諦めた様にため息をついてコウライをすり潰し始めた。


 こうして順番に全てをすり潰しては口にしてを繰り返してみたのだが、一向に痺れは収まらない。もう夜も遅くなってしまったので、この日は一旦睡眠をとることにしたのだ。


 僕は、手が痺れたまま就寝した。



『ねぇ、先生は、なんで病院の先生になったの?』


『それはねぇ、色んな病気の人を救いたいからだよ』


『すごい! 私のことも救ってくれるんだよね?』


『当たり前だよ。その為に、僕はここにいるんだから』


 あの子との手術前の会話しているところだ。

 結局、あの子を救うことはできなかった。

 手術に失敗したのは、執刀医である僕の責任だ。


 ただ、人を救いたいという思いは今も変わっていない。この世界に来て、治癒魔法の効かない人達は、病気にかかったり怪我をしたら治せないと諦めている。


 そんなこの世界の人達を、救うことができるなら救ってあげたい。神様は、もう一度僕にチャンスをくれたのではないかと思っているんだ。


 瞼を開けるといつもの天上だった。

 手の痺れはなくなっていた。

 半日経てば痺れは消えるようだ。


 それもいい発見だった。

 そとから差し込む日は暗い部屋を明るく照らしている。

 この太陽の日のように、僕もこの暗くなっている世界を照らしたい。


 あの子の信頼に応えられなかった。

 それは自分にとっても許せない出来事で。

 何度もあの子と、両親へと謝罪にいった。


 謝罪したところであの子は戻ってこない。

 でも、諦めの悪い僕は田舎の町で小さな病院を開いたのだ。

 そこに来ていたお年寄りや子供はみんな素直だった。


 実直に僕を信頼して病院へと来てくれていたと思う。

 あの子のように。

 人を救いたい。


 その初心の想いを。

 今朝の夢は思い出させてくれた。

 昨夜はちょっと諦めかけていたところがあった。


 効果があると思っていたものをすべて試したけど、効かなかったから。


 何か方法があるはずだ。

 用意したものだとダメなのだろうか。

 全部を掛け合わせて試してみよう。


 かけていた毛布を静かに畳んでユキノさんを起こさない様に診察室へと向かう。

 いまだに目を閉じたままのアッシュさん。

 大量に花粉を吸いこんだと思われる。


 何日も目を覚ますことがないのだろう。

 ただ、脳は意識があるのではないかと考えている。


 小さな容器を並べると、薬草から順番にペースト状のものから一匙掬って混ぜ合わせていく。何通りもあるこの組み合わせを試してみるしかない。この中の物に効果があると信じて。


 一通りの組み合わせを作った後は、昨日と同じようにシービレの花粉を少量吸い込んで作った物を口にする。というのをひたすら繰り返した。


 寝る間も惜しんで混ぜ合わせたものを口にしていく。だんだんと苦みにも慣れてきた。


 時間と言うのは無情に過ぎ去っていき。

 焦ってきていた僕は寝る間も惜しんで研究に没頭した。


「先生! 寝て下さい! 先生が倒れてしまいます!」


「時間がないんだ。寝ている暇なんてないよ」


「なんでそんなに意地になるんですか!? アッシュさんが目を覚まさなかったら、ただ事情を話して時間を貰えばいいだけじゃないですか!?」


 ユキノさんのいうことはもっともだ。別に無理して期限に間に合わせる必要はないのかもしれない。でも、アッシュさんに赤ん坊の産まれる奇跡の瞬間を目に焼き付けて欲しい。


 前の時代では、昨今児童虐待のニュースが報道され、僕はそのたびに心を痛めていた。なぜ、お腹を痛めて産んだ子へと暴力をふるうのか。


 医者という立場上、子供をなかなか産むことができない人もたくさん見てきた。中には、産んでまもなく亡くなる子もいた。


 子供が無事に産まれてくる。そのことがどれだけの奇跡かということを理解していない。


 子育てが大変だということはわかる。

 泣けばオムツを替え、ミルクをあげ。自分や家族のご飯を作り、家事をし。休みがない。

 その他にも色んな心配事や、思うようにいかないこともあると思う。


 だが、それで子供を殴っていいことにはならない。


 子供は無力なのだ。

 それを守るのが親の役目だと僕は思っている。


 子供一人一人が、どれだけの奇跡が重なって誕生した子かということをアッシュさんに体感してほしい。


「僕はね。アッシュさんに奇跡を感じて欲しいんだ。その為に、僕は絶対シービレに対抗する薬をみつけてみせるよ」


「……わかりました。その代り、私も手伝います」


 ユキノさんの目に力強い光が宿った。

 僕の想いが届いたのかもしれない。


 まだアッシュさんの奥さんに変わりはないみたいだ。


 タイムリミットまであと一日。

 なんとか間に合わせたい。

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