治癒院へと着くとアッシュさんをベッドに寝かせる。
「俺達はアッシュの奥さんに伝えてくる!」
「待ってください!」
出ていこうとするヤコブさんの腕を咄嗟に掴んだ。
「なんだ? 早く行かねぇと!」
「過度なストレスは、母体に悪いです。伝えない方がいい」
「……せんせーがそういうなら、仕方ねぇな。さて、どうするか」
「僕に時間をください。なんとか回復させてみせます!」
頭を下げてなんとか奥さんには伝えないようにお願いする。少しの沈黙が部屋を支配する。呆れられるかもしれないなと思いながら恐る恐る顔を伺う。
「はぁぁ。また頭下げる……。せんせー! おれたちゃあ、せんせーを頼りにしてんだ! 頭を下げるんじゃねぇ。自信もって任せろっていやぁいいんだ! ダメだったら、事情を説明して一緒に土下座する!」
ヤコブさんの激に僕は胸を打たれた。あの大きなミスをして人の命を失って以来、僕は自信を無くしていた。挙句、すぐ謝るようになってしまった。
そして、今気がついた。謝ったり、予防線を張ったりするのは責任逃れだということに。自信満々で任せろって言った後に失敗したら、僕が傷つくから。自分が傷つくから言えないんだと。
いつまでたっても成長できないわけだ。責任を逃れて生きてきたんだから。あの時の自分から決別したいんだ。
「はいっ! 僕に……僕に、任せてください!」
「おう! 任せたぜ! おれぁ、アッシュは長期依頼で、戻るのは一週間後だと伝えておく」
これで、本当にタイムリミットは一週間になった。それまでにどうにかできないと、アッシュさん家族の未来は暗いものになる。
自分の肩に重くのしかかってくるのを感じた。そう。この感じだった。あの時の責任という重圧は。
だけど、今は一人で背負っているわけじゃない。ヤコブさんも背負ってくれているんだ。それが、とてつもなく心を軽くしてくれていた。
ヤコブさんが出ていってから。ユキノさんが居住スペースからやってきた。
「どうしたんですか? その人?」
「あぁ。ユキノさん。この人は痺れる花粉を吸ってしまったらしいんだ。どうにかして一週間以内に回復させたい」
「えぇっ? シービレですか!?」
「うん。そうなんだ」
「シービレの花粉を吸って起きた人は未だ居ませんよ!?」
「そうらしいね。でもね。アッシュさんのお子さんが一週間後には産まれるらしいんだ。なんとか間に合わせたい。効果があるものは僕が探すから休んでていいよ!」
ユキノさんへそう告げて玄関から出ようとすると手を掴まれた。
振り返ると寂しそうな顔をしている。
「ゆっくり休んだから大丈夫です。私にも手伝わせてください」
「……うん。じゃあ、市場に行くんだけど、痺れに効果がありそうな薬草や食べ物を教えてくれないかな?」
「はいっ!」
ニコッと笑って後をついてきた。なぜか手は繋いだままだった。
この手はどういう事かな?
柔らかい手が僕のシワのあるゴツイ手を包み込む。少しヒンヤリしていて、それでいて細くツルツルした手。
「あっ! ごめんなさい……」
バッと手を離すユキノさん。
残念な思いと、そんなに飛びのかなくてもいいのになぁという気持ちで少し暗くなってしまう。
いいんだよ。恥ずかしかったんだよね? そういう事にしておこう。脂ぎった手を触りたくないとか思われていたら立ち直れないだろうから。
「いや、僕の方こそごめんね」
「そんな事ないですけど……あっ! あれ、薬草です!」
トゲトゲとしている紫色の葉のある植物が売られていた。ちょっとイメージしていた薬草とは違う。ちょっと体に悪そうな感じだ。
「これが薬草……これを五本もらっていいでしょうか?」
「あいよ! あんた、ヤブ先生だろう?」
おそらく僕は見たことがないであろうと思われる同年代ぐらいおじさん店主に声をかけられた。
「そうです。どこかでお会いしましたか?」
「いやぁ、あっちゃあいない。ただ、噂でな。魔法が効かないなか、魔法を使わずに治療しているって聞いてな。みんな感心してんだぁ」
「はははっ。それは嬉しいです。ありがとうございます」
「ユキノちゃんまで付いて行っちまったもんでなぁ」
ユキノさんは恥ずかしそうに俯いている。
「ユキノちゃん、優しいだろう? 俺達はよく助けられてたんだ。一生懸命魔法をかけてくれてな。お金もいらねぇっていって……」
チラッと視線を巡らせると、目が泳いでいる。いったい、どの口が僕に治療費安くし過ぎだとか言っていたのかなぁ。人のこと言えないじゃないか。まぁ、良い人だということはわかっていたけど。
「そうですね。いつもユキノさんには、僕も助けられています。それで、おやっさん。この薬草以外で、なにか体に良さそうなものってありますか?」
「あぁ。あそこのシワシワの根っこがあるだろう? あれはコウライってんだ。苦いけど、体の悪い物を出してくれると言われている。それと、こっちのはヒーコーっつう豆なんだけどな。目が覚めるってんだこれが。それとな……」
なるほど、やっぱりこういうものを売っている人は同じような競合さんのところは詳しいわけだ。
六種類くらい教えてくれた。
「ありがとうございます。またお願いします」
礼を言うとさきほどきいたものも全て買うことにした。
これで、痺れを解消できるものが作れるといいんだけど。