「んっ? 警戒! 誰か倒れているぞ! 鼻と口を塞げ!」
慌てて手で鼻と口を腕で覆う。
光に何かが反射して舞っているのがわかった。
一体何が舞っているんだろう?
倒れている人を見て目を見開いたヤコブさん。
その人を指して手だけで運び出すように指示を出している。
ゴンダさんが首の方を持ち、ヤスケさんとヤコブさんが足をもって運んでいる。
少し離れた所に下すと鼻と口を覆っていた腕を下す。
なんだが、手がピリピリするなぁ。
毒?
「あそこはシービレの群生地だった。コイツはBランクのアッシュだ。なんで一人であんなところに……」
腕は曲がったまま、足も膝が曲がったまま固まっている。目は開いているけど動かない。
「この症状は一体……」
僕が見たことのない症状だった。ひきつけのようにもみえるけど、ちょっと違うみたいだし。固まっているというか、よく見ると小刻みに震えているみたい。
「花にやられたのさ。花粉が舞っていただろう? あれは人の体を痺れさせるんだ」
「いつもはどうやって対処しているんです?」
「なにも」
「なにもとは?」
「そのまま置いておくしかねぇのさ。花粉の効果が治まるまで待つしかない。そうやって寝たきりになった冒険者を何人もみている。あそこは未発見の群生地だった。気が付かなかったんだろう」
「そもそもなんで一人で……」
「アッシュ……お前、稼ぎたかったのか? 子供が産まれるから……」
「そうなんですか?」
「あぁ。出産に立ち会って子どもの世話するんだって。張り切っていたのにな。これじゃあ、いつ回復するか」
ヤコブさんの陰のある表情を見て不思議に思った。
症状が治まれば起きるんでしょう?
「痺れた人って、もしかして起きた人……」
「くっ。そうだ。起きた人はまだいない。いったいいつまで痺れているのかわからないんだ」
そうなってくると話は違ってくる。
何か方法を考えたいところだ。
花粉の成分を無効化しないといけない。
解毒薬を作るようなものだ。
ただ、この状態だと飲ませることができない。
胃に直接入れられればいいけど。
ただ管を入れるだけでは、入っていかないだろう。
別の方法をとるしかない。
そもそも痺れを解消できるのだろうか。
用意していた麻袋を取り出す。
僕がどうにかするしかない。
「ヤコブさん、ナイフ貸してもらえますか?」
「いいけど、どうすんだ?」
「シービレを採ってきます」
「!? せんせー! それは危険だぜ!?」
「だから、僕が行きます。ついてこないでください」
着ている服の袖を破り口に当てて後ろで縛る。
これで多少は大丈夫なはず。
ヤコブさんにコクリと頷くと意を決して先ほどのシービレの群生地へと歩を進める。
光を反射して沢山の花粉が舞っているのが見える。
一つでいい。咲いているシービレが欲しい。
茎のなるべく根元から切り取り、麻袋へと入れる。
少し手が痺れてきた。
少量を吸い込んでしまったようだ。
早く退散しよう。
後ろを振り返ると大きなヒラヒラとした蝶が舞っていた。
なんだ?
なんだか、羽から鱗粉が舞っている。
意識が……。
なんか眠い。
抗えない眠気に、僕は瞼を閉じてしまった。
◇◆◇
「……せー! おい!」
「せんせー!」
重い瞼を開けるとヤコブさんが険しい顔をしてこちらを見ていた。僕はどうなってしまったんだろう?
「ヤ……コブ……さん?」
「せんせー! 目を覚ましてよかった!」
ホッとしたように胸をなでおろすヤコブさん。
笑顔が見られてよかった。
「僕は、どうなったんですか? なんか大きな蝶が目の前にいて……」
「帰ってこないから様子を見に行ったら倒れていたんだ。目を覚まして本当によかったぜ! まったく。ヒヤヒヤさせんなよなぁ」
「すみません。なにがなんだか……」
「大きな蝶だろう? スリープバタフライだろうなぁ。布で鼻と口を覆っていたから少量吸い込んだだけですんだんだろう。だから、目を覚ましたんだとおもうぜ? 本来なら、寝たきりになっているところだ」
その話を聞き、背筋に冷たいものがはしった。危なく寝たきりの人になるところだった。これから救わなければいけない人がいるのに、救えないところだった。
今後の行動は少し慎まないといけないなと少し反省した。一人で行くのは止めた方がいいね。自分が森の中ではどれだけ無力か、頭では理解していたけど。行動してしまった。
「採ってきた物は?」
「あぁ。手に握っていた袋は無事だ。開けない様に気を付けている。シービレだろう?」
「そうです。これを研究します」
「アッシュの子供は、予定日はあと一週間後だ。それまでになんとか頼む!」
ヤコブさんは頭を下げた。
すると、その周りのパーティメンバーも頭を下げている。
同じ冒険者として救ってほしいってことなのかな。
なんとか研究してみよう。
「まずは、連れて行きましょう。それから、痺れに聞きそうなものを集めて効果がある物を研究します」
「あぁ。協力できることはするからよ!」
採取したシービレを手に持ち、アッシュさんを担いで歩くヤコブさん達へとついて行く。
なんとかアッシュさんをお子さんの出産に立ち会わせてあげたい。
だって、出産は人生で一度きりしかないかもしれない、奇跡なんだから。
その想いを胸に、ユキノさんの待つ治癒院へと戻る。