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第16話 老年の痺れ

 最近は、風邪が流行っているようで治癒院には鼻水と咳をしている患者さんが多く来るようになっていた。


「んー。やはり風邪のようですねぇ。この薬を毎食前に、スプーン一杯分水に溶かして飲んでみてください。栄養分の吸収を助けて体を温め、体が病の元を倒すお手伝いをします」


 患者さんへとそう声をかけて小ぶりな瓶に詰め込んだ薬を渡す。

 最初の患者さんが来た後、風邪薬のかわりになるものを作ったのだ。

 必要そうな具材を煮詰めたりして試行錯誤を繰り返したものだ。


 人体に悪いものではないので、患者さんに試してもらいながら作っている。


「あのー。有難いんですけど、お金は……?」


「変わらず、千ゴールドで結構ですよ」


「!?……本当ですか!?」


「えぇ。だから、安心して試してみてください。治りが早いと思いますので。しっかり安静にして休んでくださいね?」


「ありがとうございます!」


 頭を下げて診察室から出て行く女性。

 入れ替わりに入ってきた老年の女性。

 歩くのも辛そうだ。


「大丈夫ですか? どうしました?」


「あぁ。せんせい。体が痺れていてねぇ」


「まず、ベッドに座りましょうか。しんどいですねぇ」


「こりゃぁ。死ぬとこなんだかねぇ?」


 この世界でここまで長生きされていることが凄いことだ。治癒魔法なんて少しも効かないだろう。


 昔から魔法を使って治療するやり方の中で生きてきたのであれば、他の人より耐性がついている可能性が高いからだ。


「ちょっと肩さわりますよぉ?」


 力を抜いている老年の女性の肩を少し押してみる。筋肉が凝り固まっているように感じる。脳や神経系の病気でなければいいのだけど。


「んー肩が固くなってますねぇ。お名前聞いてもいいですか?」


「あたしゃ、ダリアってんだ」


「ダリアさん、痺れは両手ですか?」


「そうだぁ、両足もしんどいねぇ」


 左右対称の痺れということは、脳からくるものではなさそうだけど。

 あとは、ちょっと試してみるしかないかもしれないなぁ。

 女性だから、考えてあげないとね。


「ユキノさん、ちょっと手伝ってもらえるかな?」


「はい! なんでしょう?」


「ダイアさんのふくらはぎをもんでみてくれないかな?」


「?……先生ではダメなのですか?」


「女性が男性に体をベタベタ触られるのは良い気がしないでしょう?」


 その言葉に納得した様に頷くとダリアさんの前に膝をついて座ったユキノさん。


「ダリアさん、ちょっと足見せてくださいねぇ」


「わたしの足なんてせんせいが触ったっていいんだよぉ。こんな老いぼれに気を使うことなんてないさぁ」


「ふふふっ。先生はそういう方なんです」


 ニコやかに笑いながらふくらはぎを押している。


「ユキノさん、どうです?」


「ぷにょぷにょです」


「そうですか。ダリアさん、つま先を上の方へと向けることはできますか?」


 無理そうだったらいいけど、できるならやれたほうがいい。


 様子を見ているとつま先が少し上へと向いた。


「ユキノさん、どうですか?」


「ぷにゅぷにゅです」


 あまりかわらないようだ。ふくらはぎは第二の心臓と言われている。血を運ぶためのポンプの役割をしているのだ。そこがぷにゅぷにゅなんだとすると、考えられることがある。


「そのままマッサージしてあげてくれる?」


「まかせてください! マッサージは得意ですよぉ!」


 なぜかとても張り切っているユキノさん。

 いつもはあまりできることがないから、できることあるのが嬉しいのかな?

 僕もしようか。


「ダリアさん、肩は僕がやらせてもらいますねぇ?」


 肩の上の辺りから肩甲骨あたり、首の後ろ等。ゆっくりとある程度の強さでほぐしていく。


「だぁぁぁ。きもちがいいもんだなぁ」


「そうですか? それはいいことですねぇ」


 凝りをほぐして気持ちがいいのならやはり肩こりの可能性が高いかな。あとは、足の方だけど、ふくらはぎをほぐしてあげて、あとはツボを刺激してあげればいいんだけど。


「ユキノさん、膝の少し下の辺りの両脇を指でほぐしてあげてくれる?」


「はい! ……ここかなぁ? ……ここかな?」


「いででで。なんだかむずがゆくて気持ちがわりぃなぁ」


 むずがゆいということはそこだね。


「ユキノさん、そこをほぐしてあげて」


「わっかりましたぁ!」


 体を捩らせながらむずがゆさに耐えているダリアさん。そこはツボだから少しほぐしてあげればだいぶ良くなると思うんだけどねぇ。


 自分が開いた個人病院の時も患者さんが来るとよくほぐしてあげたものだ。あの時のことを思い出す。この世界に来てしまってあいまいになったけど、佐藤さんは無事だったのだろうか。


 今となっては確認するすべもない。いったい神様は何のために僕をこの世界に迷い込ませたのだろう?

 神隠しとはよくいったものだ。神のいたずらだろうか。


「ダリアさん、体がポカポカしてきたんじゃないですか?」


「おぉぉ。なんだかヌクヌクしてきたじゃぁ」


「はははっ。それはよかった。痺れはどうです?」


「なんだかラクになったようだぁ」


「筋肉が固まっていたようですねぇ。あとは、歩くといいですよ? 散歩して、ふくらはぎの筋肉をつけるんです。そうすれば、足の痺れも良くなると思いますよ?」


「はぁぁ。せんせいが言うならそうすっか」


 来た時よりは楽そうに立ち上がって歩いて帰った。

 だんだんとこういう患者さんも増えてくるかもね。

 口コミで広がれば。


「ユキノさん、ダリアさんのようなマッサージだけの患者さんは五百ゴールドにしてあげてください」


「そんなにお金取らなくて大丈夫なんですか?」


「お金儲けのためにしているわけじゃありません。どんな患者さんでも気軽に来ることができるようにしたい。本当なら無料としたいですが、それだと生活できませんからね」


「先生は欲が無さすぎます!」


「僕は、それでいいんです。でないと、あの子に顔向けできません」


「あの子って?」


「……時が来たら話します。次のかたー!」


 次の患者さんを呼ぶ。


 ヤブ治癒院は段々と患者さんが増えていくのであった。

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