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第15話 世界の人達を照らす光に

 マイトくん家族が帰って行ったあと、ドッと疲れが押し寄せて診察室の椅子へと深く腰掛ける。そして、目を閉じてさっきの家族の姿を思い出す。


 助かってよかった。そして、自分の考えが間違っていなくて本当に良かった。あれは賭けだったから。


「ふぅぅぅぅ」


 先ほどまでの緊迫感を吐き出すように椅子に項垂れる。


「ヤブ先生……もう、あんな無茶はしないでください」


「せんせー。おれぁ驚きましたよぉ。勘弁してくださいよぉ」


 目を吊り上げたユキノさんがこちらを睨んでいる。

 その隣で疲れ果てた様にヤコブさんが項垂れている。


 さっきのは仕方がなかったんだ。

 子供を実験台にするわけにはいかないし。


「あれは、半ば確信があったからやったんだ。『毒をもって毒を制す』だよ。知らないかな?」


「私は、聞いたことありません。なんですか? それ?」


「うーんとねぇ。僕のいた所の昔からの教訓のようなものなんだ。毒で毒を殺すという意味だよ。相手が毒を使うなら、自分も毒を使うみたいな感じかな」


「なんか、大丈夫ですか? 先生がいた所? なんか今の話だけ聞くと、恐い感じしかしませんけど?」


「はははっ。そうだねぇ。ある意味、恐いところかもしれない。毒を使えば非難され、毒を殺せば賞賛を受ける。紙一重の世界だったんだよ」


 複雑そうな表情を浮かべるユキノさん。

 腕を組みながら壁に身体を預けた。

 眉間に皺を寄せて何やら考えているようだ。


「さっきのソルトを混ぜた水は、なぜ必要だったんですか?」


「人間の体と言うものはねぇ、成人男性で60%、成人女性で50%が水なんだ。その水の一バーセントは塩分でできているんだ。だから、同じくらいの塩分の入った水は吸収を促進する効果があるんだ」


「そうなんですね……。知らなかったです。そんなことをヤブ先生は学んできたんですか?」


 別の世界だと言っても信用しないだろう。

 僕自身よくわかっていないのだから。

 予測で別の世界に来たのだと考えているだけだ。


 なにせ、魔法などという未知の力が使われているのだから。


「うん。僕のいた所は、人体の研究が進んでいるところでね。魔法を使わずにどうやったら治療ができるか。ということを研究していたんだ」


「すごい! まさしく、最先端医療ですね!」


 ただ、道具が何もない。それが問題だ。採血さえできないし、採血できたとしても検査できるような機械は何もない。


 最先端の道具はなしでやるしかない。でも、できるはずだ。あの国の医学は江戸時代からあるものだった。そんなに昔からあったものなんだ。


 それの最先端である医学の情報が僕の頭にはインプットされている。それを異世界にあるものを活用していけば、この世界を救うことができるかもしれない。


「そうなのかもしれないけど。どうやって治療を実現していくかは、今後探そうと思うんだ。なるべく自然の物の方がいい。ということで、ヤコブさんに協力してもらうことになると思うんだけど」


「おう! いいぜ! 今度の森での依頼の時についてくるか?」


「いいのであれば、お願いします。本当に守ってくれるんですよね?」


「ビビってんじゃねぇよ! せんせー! 男だろう!?」


「いやー。男なんですけど、小心者でして……」


 そう話し、肩をすくめると「ガッハッハッハー」と笑って肩を叩かれた。あまりの痛さに肩を抑えながらうずくまるとさらに笑われた。


「しかしなぁ。やっぱりすごいなぁ。せんせーは。俺達の常識としてはよぉ。刺されたところを切り落とすしかなかったんだよ。それを覆すんだもんなぁ」


 改めてそういわれると少し照れるのだけど。

 まず、人が死なずに良かった。

 それが、一番よかったことだ。


「人の命、人の未来は尊い。治療次第で、これからの人生が変わるんです。僕も命を懸けて治療をしなければならない。そう、考えています」


「先生は、すごいです。治癒士はみんな、基本的にお金のために魔法を使っていました。患者の未来など、考えていた者はいないと思います」


 ユキノさんが感心した様に褒めてくれた。

 でも、自分など凄い人間ではない。

 本当にすごい医者というものは、すべての人を救える人のこと。


「自分にできることを精一杯しているだけです。ユキノさんだって、こんな僕を信用して、治癒院まで開いて人を助けようとしている。それって誰にでもできることではありませんよ? ヤコブさんだって、魔物を討伐できるんです。僕にはできません。僕にできないことが、皆さんにはできるんですよ。みんなすごい人なんです」


 その言葉にヤコブさんは頭を掻きながら照れ笑いを浮かべていた。


「いやー。先生にそう言われると照れるねぇ」


「ヤコブさん、素直すぎません?」


 呆れたような顔を浮かべるユキノさん。

 自分も少し褒められたことでむず痒かったのか組んでいた手をさすってなんだか落ち着かない様子だ。


「これからも、僕に治療を求めてくる方には全力で対応していきます。無茶もするかもしれません。でも、それはユキノさんやヤコブさん。周りの人を信用しているからです。なにかあっても治療できない、そう諦めているこの世界の人達を照らす光になりましょう」


 こちらをみつめるユキノさんの目には光が宿った。ヤコブさんは獰猛な笑みを浮かべて頷いている。これが冒険者なのだろう。オーラのようなものをまとっているように感じる。


「私は! ヤブ先生にどこまでもついていきます!」


「俺にも、できる事があるならなんでもやってやる! まかせろ!」


 この世界の人達を救う奇跡の物語はここから加速していく。

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