沈黙が支配するその空間は少年に意識が集中しているのがわかった。それくらい、早く起きてくれと誰もが願っていた。
急きょ呼ばれていたヤコブさんも手を組んで祈っている。
冒険者も祈るとかするんだね。
そんなのんきなことを思っているのは僕だけだろう。
だって、僕にはわかっているから。
少年は生きているし、もうすぐ意識を取り戻すってことを。
「お……かぁ……さん?」
「マイト!」
「お母さん。ここどこ?」
「治癒院だよ。あんたが倒れたから!」
「そっか。オレ、森から帰る途中に何かにかみつかれたんだ。思い切り腕を振り回して振り払ったからいいと思っていたんだけど」
マイトくんは暗い顔をして俯いた。森に行ってこんな目にあったんじゃ、森には当分いけないだろうねぇ。ただ、どうしてそんなところにいったのかな?
「マイトくん、始めまして。僕はヤブっていうんだ。どうして森へ行ったの?」
「へぇ。変な名前。森へは……ただ遊びに……」
「命の危険があるのに?」
マイトくんのズボンのポケットからはペシャンコになった一輪の花が見えていた。
俯いて何も言わない。
意地でも言わないつもりかな?
この年頃の少年ってのは、色々と難しいからねぇ。
「そのお花を摘みに行ったの?」
その花を指すと慌てて隠していた。
だが、その行為はお母さんの逆鱗に触れたようだ。
「ちょっとあんた! この期に及んで、何を隠しているの!」
「なんでもねぇよ!」
「見せなさい! このバカ息子が!」
頭を叩きながら手に掴んでいたものをぶんどるお母さん。
その花を見て目を見開いていた。
「これは……?」
その花は、とても綺麗なピンクの色で何重にも花びらの巻かれているバラに似た花だったようだ。僕は現物を見たことがないからわからないが、潰れている感じはそういう花だったと思われる。
「もしかして、お母さんへプレゼント?」
僕がそう諭すように声をかけると、マイトくんはゆっくりと頷いた。この少年なりに目的があって森へと入ったようだ。そうなってくると、話が変わってくるのではないだろうか。
「マイト……なんで?」
「お母さん、もう少しで誕生日だろ? いつもお父さんと一緒に働いていて、家のこともやって大変だろうと思ってお母さんが好きな花を贈ろうと……」
「あんた……バカだねぇ! 本当に! それで自分が死にそうになってちゃ世話ないだろう!」
また軽く頭を小突いている。ただ、今度のは優しい小突きだった。自分の為に、息子が危険になってしまった。そういう罪悪感もあるのかもしれない。複雑な表情をしていた。
「こんなこと、僕がいうことではないのかもしれませんが……」
二人を交互にみながら、自分の中で今まで患者さんを診てきたからこそ。そして、自分のミスで一人の尊い命を亡くしてしまったからこそ、言える言葉がある。
「家族というものは、常に一緒にいるからこそ。お互いの大切さが薄れているのかもしれません。ですが、この世に生きている以上、突如として命は失われることがある。それを念頭に入れて生活してはいかがでしょうか。そうすることで、日々の感謝とお互いへの想いが変わってくるのではないかと、僕は思います」
お母さんは我慢することができずに、その場に涙を流して崩れ落ちた。嗚咽を漏らして床へと倒れている。
「マイトくん。今回助けることができて、僕はとてもホッとしました。もしかしたら、片腕を失っていたかもしれないんですよ?」
その言葉にマイトくんは目を見開いて絶句した。
まさか、そんなことになっていようとは思わなかっただろう。
「オレ、冒険者になるのが夢なんだ。だから、片腕を失うのは困るよ」
「えぇ。僕も、君の将来の夢や未来を守ることができて、ホッとしているのが正直なところです。実は、位置か罰か僕も毒を摂取したもので。考えている方法が間違っていたら僕も助かっていません」
「先生までなんで毒を?」
「自分の考えた方法を試して、君を死なせてしまったら意味がない。僕の体で試してダメだったとしても、ユキノさんやヤコブさんがいる。最悪の場合、君は片腕を切り落とせば助かります」
「そんな! もしダメだったら!」
「えぇ。死んでいたでしょう。そこまでの命だったということです。でも、神は僕を見放さなかった。考えていた方法があっていたんです。今は、それでいいんです。マイトくんも無事だし、全てうまくいきました」
ニコリと笑みを向けるとマイトくんも目に涙を溜めだした。どうしたのかな?
「オレを助ける為にヤブ先生が死ぬなんて嫌だよ……」
「まぁ、そうならなくてすみましたから。マイトくんも、今後は気を付けて下さいよ?」
その問いには、素直に頭を縦に振った。
今回のことはいい教訓になったかもしれないな。
マイトくん家族を治癒院から見送る。
途中でお父さんも来て泣き崩れていた。
正直、助からないと思っていたそうだ。
それは辛い思いをしてこの治癒院へと向かってきたのだろう。助かる可能性もあると伝言を伝えればよかったか。でも、淡い期待をもたせてしまうのも避けたい。仕方がないか。
三人並んで歩くその家族が、僕には輝いて見えた。