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第9話 風邪症候群

「ユキノさんがここにいると聞いてきました! 妻がぐったりしてまして……」


「あっ! パン屋のマリさん! どうしたんです?」


 急に開いた扉から入ってきたのは、ぐったりとした女性とその人を抱えた男性だった。妻と言うことは、この人は旦那さんなんだろう。


「こっちへ運んでください! ベッドに寝かせて!」


 ユキノさんが奥の診察室へと運んでいく。

 この人が最初の患者さんだ。

 昨日、引っ越しを終え、日用品と衣服をギリギリ買い揃えた僕は、とまどいながらもユキノさんと住むことになった。


 ただ、話を聞いた感じは僕が生活になれるまで心配だからだそうだ。それはありがたいが、子供ではないのだが。そんなことを想いながらも嬉しいものなのだけど。


 目の前に患者さんが横になると、旦那さんは心配そうにしている。


「こちらが、この治癒院の先生です」


 ユキノさんに紹介されて頭を下げる。


「ヤブ治癒士です」


 ヤブ医者と言う意味なので、そう自己紹介する。


「ヤブさん! 治癒魔法は聞きません! どうしたらいいですか?」


 自然とヤブという名前だと思われたそうだ。ユキノさんにもそう思われているのだろう。違う意味なのだけど、今はどうでもいいか。


「旦那さん、落ち着いて。大丈夫です。ちょっと喉とお腹、あと、心音を聞かせてもらいますね。旦那さん、服の中に手を入れますけど、胸の上と下の音を聞きますから、誤解しないでくださいね」


「あっ。はい。必要なら」


 コクリと頷くと。

 僕は昨日、自作していた聴診器を左胸の上にあてる。

 そして、次に下にあてる。


 体を半分起こして背中の音も同様に聞く。

 これは僕が良く遭遇していた症状。

 町医者であればだれでもわかる。


「これは、風邪症候群です」


「えっ? なんです? カゼショウコウグンって?」


「菌が体の中に入って、その菌を排除する為に体が熱を高くして咳をだしたり、鼻水を出したりするんです」


「キン? ってなんですか?」


「菌というのは、空気中に舞っている見えないほど小さなものです。吸ったり吐いたり。体に入るのを防ぐことはほぼ無理です。どうしたらいいのか。それは……」


「それは?」


「良く食べて、良く寝る事です。それが、予防の一番の方法です」


 これは僕が町医者をしていた時にみんなへいつも言っていたことだ。こうして子供から大人、おじいちゃんおばちゃんまで元気にしていた。


「この現状はどうしたら?」


 少し考える。風邪薬の様なものはない。

 薬がないのであれば、普通に自力で治すしかない。

 そこで、旦那さんへ治す方法を教えた。


 ①睡眠・休養をしっかりとる。

 ②体を温める。

 ③水分補給する。

 ④栄養を十分に摂る。


「それで、治るんですか?」


「えぇ。毛布を多めにかけて温めてあげてください。その後、熱下がったら温めない方がいいです。暑いといったらかけないでください」


「えぇ。わかりました。熱が下がったら……」


「旦那さん、大丈夫ですよ。落ち着いて。汗をかいたら毛布を取ってあげてください」


「あぁ。なるほど」


「あと、水分はこまめによう、お願いします。一気に大量に飲ませなくてもいいです」


「はい。水をこまめに」


 こんな混乱している時にこんなに覚えることを話しても駄目だろう。


「ユキノさん、さっき僕が説明したことを紙に書いてあげてください。そしたらいつでも確認できるでしょう」


「ヤブ先生。ありがとうございます!」


 旦那さんは深々と頭を下げた。

 でも、風邪薬ぐらいは作っていてもいいかもなぁ。

 回復薬はあるけど体力アップするだけでウイルスには効果ないしねぇ。


 あれ?

 もしかして、ムーランの毒使えるかな?

 毒を何かと混ぜれば良薬になると言うし。


 それは、この世界の物で試してみるしかない。

 前の世界のように病気に良い薬など、ないのだから。


「奥さん、お大事に。ちなみに、体にいいものというのは、卵がゆ、うどん、脂身の少ない肉や魚、後は少し湯通しした野菜でしょうか」


「タマゴガユ?」


「卵をお米に入れて煮立たせたものです」


「お米!? あんな高級品無理です!」


 旦那さんは急に狼狽し、慌てた。その反応は予想していなかった。お米って高級品なんだねぇ。


 この旦那さんに聞くのも気が引けるから、ユキノさんへと確認した。


「ユキノさん、この辺では何が主食?」


「えっとぉ、パンとか芋とかですかね」


「なるほど。ありがとうございます」


 そうなると、パンは食べた。あれは、薄力粉の劣化版を使っている様だった。逆に栄養があっていいかもしれないなぁ。


 芋もいいけど、どうやって食べているんだろう?


「普段、芋、食べますか?」


「たまにですねぇ」


「じゃあ、果物は?」


「高級品って感じです」


 果物さえそういう感じか。

 やっぱり薬は必要かもしれない。

 だけど、今はないから食べて栄養を摂るしかない。


「芋でいいので、数分茹でたら上げて潰してあげてください。そうすると、食べやすいです。喉が渇くので水も多く摂取します。あと、これは個人的に買ったものなんですが、よかったら食べて下さい」


 僕は昨日たまたま買ってきていた。アップリという果物を差し出した。林檎のようなものだ。


「えっ? こんなもの、頂けないですよ!」


「いいんです。また具合が悪い様だったら、連れて来てください。安静にしてあげてくださいね?」


「ヤブ先生! ありがとうございます!」


 少し水分を摂らせていると顔色が良くなってきた。なんとか歩いて帰られそうだ。


「これで、様子を見ましょう」


「あの、診察料はおいくらでしょうか? 」


 いらないといいたいところだ。

 だが、僕にも生活がある。


 このご夫婦は、衣服も長いこと着ているようだ。

 余裕のないことがわかる。


「僕のお昼代に千ゴールド頂けると、生きられます」


「えっ?」


「あっ、高かったですかね? まだ、治癒代の相場がわからなくて……」


 いやーまいったなぁ。

 どのくらいがいいんだろう。

 五百ゴールドとかがいいのかなぁ。


「安すぎます! 魔法使う治癒士の人なんて一万ゴールドも取るんですよ!?」


「魔法ですからねぇ。僕のは、魔法ではない。ただ見ただけなので」


「ぐすっ。ヤブ先生、ありがとう……ございます」


 深々と頭を下げて、そのご夫婦は家路についた。

 僕の最初の患者さん。

 こうやって医療が広まっていけばいいな。


 漠然と、そんなことを考えていた。

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