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第7話 物件見学

 この街はそれなりに大きな街だ。

 治癒院もそれなりの数があった。

 しかし、次々と閉鎖してしまったらしい。


 魔法の効果がないのにお金を払うわけもない。患者からしたらムダ金になる。そんなことわかっていてわざわざ治癒院へはいかないだろう。


 状態がいいという閉鎖したばかりの治癒院へ向かう。

 街の中にあるようで住宅街を進んで行く。


「あっ、ここですね!」


 ユキノさんの立ち止まったのは趣向の凝らされた門がある前。その門は重厚で、中へと入る者を拒んでいるように感じる。


 敷地の中へと入ると患者の入る入口が左に、住宅への入口が右にあった。これ、初めて来た人はわからないんじゃないだろうか?


 眉間に皺を寄せてしまう。診療所の方へと入っていくと外が見えるガラスの部屋が患者さんの診察部屋となっていた。何を目的に作られているのか。それがわかった僕は呆れてしまった。


「ユキノさん、この物件はもういいです。次に行きましょう」


「えっ!? まだちょっとしか見てませんよ? ヤブ先生!?」


 止める声を聞かずに建物を出る。

 改めて外に出て全体像を確認すると、診療所が二割、住宅部分が八割。

 自分の威厳を表す門、患者を診ていることをアピールする為であろうガラス張りの診察室。


 患者のことをまったく考えていない治癒院であった。この治癒院はなるべくしてなったということだろう。


「なんで内を見るの、やめちゃったんですか?」


「わかりませんでしたか?」


「こういう治癒院は多いので……」


「はぁぁ。そうですか。あの重い門どう思いました?」


「えっ? なんか威厳があるなぁって」


「お年寄りは開けるの大変だと思いませんか? 子供は?」


 僕がそれを伝えると目を見開いて驚いていた。今まで考えたことがなかったのかもしれない。患者の立場になったことがないと、わからないことかもしれないね。


「ガラス張りの診察室で、服をまくったりできますか? 治療を見られていたらどう思いますか?」


「……恥ずかしいです」


「そうですよね? だから、やめました」


 資料をもう一度見直している。

 外観の写真などはないが、文字でどのような建物かだいたい書いてある。


「うん。次はここにしましょう!」


 力いっぱい足を踏み出すと住宅街の奥の方へと進んで行く。だんだん大きな住宅が増えてきた。もしかしてここは……。


「ユキノさん、ここってこの街では高級な住宅街ですか?」


「?……そうですけど、建物は貰えるから、家賃は関係ありませんよ? せっかくなんですから、大きくていい治癒院をもらいましょうよ!」


「……戻りますよ」


 僕は踵を翻し、街の商店街の方へと戻っていく。


「なにかダメでした?」


「高級な住宅街に、位の低い人たちは来ることができますか? 貧困に苦しんでいる人は?」


「来づらいですね……」


「ちょっと、資料見せてください」


 住宅の資料を貰うと、立ち止まって良さそうな建物がないか探す。不思議と文字は読める。だが、見たことがない形状の文字だ。昔見た象形文字に近いかもしれない。


 高級住宅街にある物件は却下。住宅街にある物件もみんなガラス張りのようなので、却下。そうなると必然的に街の少し外の家になる。


 魔物が来ないくらい浅い層の森にある物件が一つあった。物好きな治癒士が建てた家のようで年数は経っているが石造りだからあまり劣化はないらしい。


「ここに行きましょう」


 それだけ告げると僕は街の外を目指した。

 簡易的な地図だったが、わかりやすかった。

 街の入口の門をくぐり、外へ。


 そこから少し歩いたところにレンガで道ができている。それは治癒院の方へと向かって伸びているように見える。


 歩きやすい。この治癒院の人は患者さんのことを思って整備したのかもしれない。期待できる。


 建物が見えてきた。

 あまり大きくない建物だが、上には光を入れるためにガラスが使われている。

 入口にも大きなガラスが使われていて、明るいエントランスだ。


 魔法錠を開けて裏にあった入口から中へと入っていく。

 構造もいい。現代の病院に近い。

 受付があり、その前にはベンチがいくつもならんでいる。


 その少し奥には引き戸の入口が一つ。開けると、診察室だった。入口は布で遮られているし、診察台の横にはベッドがある。


「うん。いい」


「そうですか? なんか狭くないですか?」


 この狭さがいい。僕が最後に開いていた病院のようだ。あの場所を思い出す。誰かがかわりに病院を開いてくれているといいのだけど。


 もう戻ることができないと思われるあの世界を想いながら診察室を眺めていた。


「ヤブ先生?」


「奥も見てみようか」


 治癒院の奥へと行くと、そこにはワンルームのような作りの部屋になっていた。真ん中に通路。右には洗面所とシャワールーム。左にはトイレ。キッチンと部屋は同じ空間。


「僕、ここにするよ」


「こんな狭いところでいいんですか?」


「十分だ。ここがいい。なにより、静かだ。ムーランはどう?」


 ムーランは体を揺らして同意しているように思える。ムーランの家も外にすれば森があるしちょうどいい。


「ここが、ヤブ治癒院だ」


 こうして、小さな治癒院を開いたのだった。


「私もここに住みます!」


 ユキノさんはそう言い放った。

 なんだか、波乱の幕開けになりそうなんだけど。

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