「よろしくお願いします! では、ヤブ先生。せっかくですので、閉鎖した治癒院を視察に行きましょう!」
「えっ? 今からですか?」
「行きましょうよぉ!」
僕の心は、それどころではなかった。
もう我慢できない。
お腹すいたんだってぇ。
お金ももらえたし。
なんで買いに行こうとしたところを止めるかなぁ。たしかにさぁ。僕にユキノさんのことを無視することはできない。できないんだけどぉ。
──グゥゥゥゥ
「えっ!? お腹の音ですか!?」
「ごめんなさい。僕、今日なにも口にしてないんです。屋台でご飯買ってもいいですか?」
思考ができない程、お腹が空いている。返事を待たず、とりあえず近くにあったホローバード焼きというのをおっちゃんにお願いする。
大きな串に刺さった白みがかった鶏肉のようなもの。香りはスパイスを振りかけた感じ。もう我慢できなかった。
大きな口で一口頬張る。
さわやかなスパイスの香りが鼻から抜け。
その後を追うように肉汁が噴き出てくる。
なんだこれ!?
こんなの食べたことない!
めちゃくちゃおいしい!
無我夢中でかぶりついてお腹の中へとおさめていく。
銀貨一枚出したら銅貨八枚がお釣りだった。
この肉は二百ゴールド、銀貨一枚が千ゴールドだから、銅貨一枚で百ゴールド。
ふっふっふっ。
なるほど、この世界を少し理解できたぞぉ。
お金の価値がわかれば僕も稼ぐことができる。
夕日が反射する窓にふと視線を巡らせると、不気味な笑みを浮かべている自分の顔が写っていた。その横で蔑んだ目をしてこちらをみるユキノさんも。
そんな目で見ないで。
変な気を起こしちゃう!
やめておけよ。
また一人でボケて一人でつっこんでしまった。
「ぷっ! ふふふっ! おいしいですか? なんか顔がいろいろ変るから。面白い人ですね!」
その笑顔に過去の患者を照らし合わせてしまい、こんな風に笑える未来があったらどんなによかっただろうかと考えてしまう。
「七面相です!」
そういいながらいろんな変顔をすると、ユキノさんは腹を抱えて笑ってくれた。僕はこの笑顔を見ることができただけでも幸せだ。
そう思ったら、歳を取って緩くなっていた涙腺から涙が出てきてしまった。
「えっ? どうしたんですか!? そんなに笑われたのが嫌でした!?」
「……くっ。違います。……ちょっと知り合いに似ていたもので」
ユキノさんは優しい笑みを浮かべながら背中をトンットンッとしてくれた。ふと思い出が脳裏によみがえる。僕が患者さんを励ますとき、このようにしていた気がする。
やっぱりあの人なのだろうか?
でも、この世界にいるのはよくわからない。
転生した? でも瓜二つだ。
考えてみてもわからないことが多い。
とりあえず、飯食おう。
「おばちゃん、この三角パン頂戴!」
「あいよ。どれがいいんだい?」
三角のサンドイッチの様なパンは三種類ある。僕はもちろん。
「この肉のやつ二つ!」
「四百ゴールドだよ」
今度は銅貨四枚を渡す。
まだまだ食べられそうだ。
僕ばっかり食べているな。
「ユキノさんも食べます?」
「うっ。実は……最近、回復魔法が効かないことで、依頼が少ないのです」
「はい。一つどう?」
「ありがとうございます! ハムッ。うぅぅ。おいしいですぅぅぅ」
むさぼりつきながら二人で三角パンを食べる。パンの甘みと肉の旨味。これはうまいやつだ。
僕はラーメンが好きすぎるんだけど、こうなってくるとなんでもおいしいね。食べられれば幸せだ。
今日は沢山の血を流した。血を作るためにも肉を食わねば。
「ヤブ先生!」
急に呼ばれてかしこまる。一体なんだろう?
「私は、今のままでは回復魔法は衰退すると思います! ヤブ先生はこの世界の光です! この世界を希望で照らしてください!」
僕の脳内に過去の場面がフラッシュバックした。あの子は僕にいった。「私の病気を治せなくても、病気と向き合い続けて、この日本を希望で照らしてください!」その後の手術を失敗し、病院を辞めた。
その後は患者さんを少しでも多く救うために身を粉にして働いた。でも、その時のあの子の言葉は、僕の心を突き動かす原動力となっている。
「っ! ユキノさん……」
「一緒に治癒院で患者さんを治しましょう!」
「……はいっ! 僕は全力を尽くして、病気や怪我を治します! ただ、僕は魔法が使えません」
ユキノさんを見ると口を動かしたまま目を丸くしている。
「魔法が使えない人なんて居るんですね?」
「僕はその……」
「大丈夫です!」
「えっ?」
「ヤブ先生の治療は魔法みたいです! だから、大丈夫!」
その時、また脳裏にフラッシュバックが。
「先生の手術は魔法みたいに色んな人の病気を直しているんだよね!」
無邪気なあの子の顔がチラつく。最近フラッシュバックはあまりなかったのだが。思い出すと辛くなるから。
ユキノさんが似ていることで、僕はあの子と重ねてしまうようになった。大きくなったらユキノさんのように、綺麗になっていただろうなぁ。
「なんか付いてます? あっ、くちっ!?」
急いで口を拭うユキノさん。
「いいえ。ちょっと考え事をしていただけです。すみません。美味しかったですね?」
「はい! とっても!」
おなかがいっぱいになったら、眠くなってきた。これは運動不足のおっさんの通常だ。そういえば、泊まるところがない。
「宿ってありますよね?」
「ん? ありますよ? ご飯食べちゃいましたけど、お金あるんですか?」
「えぇっと……宿はいくら位ですか?」
「安くて二千ゴールドです」
詰んでるじゃないか。
どうすりゃいいんだよ。
飯食っちゃったしなぁ。
吐いてお金返してもらえるわけないし。
どうしようか。
「良かったら、ウチ来ます?」
悩ましい展開である。