街へと入って僕の目に映ったのは、とても香ばしくて良い匂いを発しているお肉。
あまじょっぱいような匂いを放っている巻物。春巻きの皮の様なもので巻かれていた。
うわぁぁ。美味しそう。僕は腹ペコだよぉ。
肝心の僕の好きなラーメンがないねぇ。
この世界にはないのかもしれないなぁ。
そして、重大なことに気が付いた。
この世界のお金ないじゃん。
他の人が出しているお金を確認すると銅のお金を出している。
十円じゃダメかな?
試しに出してみようかな?
「あのぉ。このお金って使えます?」
「あぁ? なんだそれはおもちゃか? ふざけんじゃねぇぞ!」
「いやぁ。ふざけてないですよ。はい。この状況がふざけてますけどねぇ」
「あぁ!? 俺がふざけてるだとぉ!?」
拳を振り上げる店の店主。
それを手で制して平謝りし、その場を後にした。
いらないことを言ってしまった。
金がないぞ。
どうする?
「おい! 兵士が倒れているぞ! 治癒士は!?」
なにやら鎧を着た兵士が倒れている。
そこへ人だかりができていた。
「治癒士よんでどうにかなるのか?」
「けどよぉ。呼んでみないとコイツ死んじまうぞ?」
そういわれたおっちゃんはどこかへ人を呼びに行った。遠目から見ると腕を刃物か何かで切られた切創のようだ。
顔色が悪い。血を流し過ぎている。間に合うか微妙だ。
おっちゃんと一緒に軽装の女性がやってきた。
「大丈夫ですか!?」
その患者は話すこともできずにぐったりしている。このままではまずい。僕は近づいて行ったのだが。次の瞬間、目を疑う場面を見る。
「彼のものの傷を治せ! ヒール!」
手から桃色の光を放ち、その兵士の傷口へ押し当てる。少し顔色が良くなった。
えぇっ!? なにあれ!? 魔法!?
魔法が使える世界なのか?
それなら医者など無用だろう。
「ほらなぁ。やっぱり治らねぇ」
おっちゃんは呆れた様にいう。その呼ばれた女性も困ったようにため息を吐いた。その顔に見覚えがある。
近づいていき、よく顔を見ると息をのんだ。
なんでここにいる?
手術ミスで死んでしまったはず。
この世界では生きているのか?
そこにいた女性は、僕の過去の患者さんに瓜二つだった。
その人は僕のミスで死なせてしまった女性。
困っている顔も似ている。
その女性は怪訝な顔をこちらに視線を送った。
「あっ。あまりにも美しかったので……。冗談です。すみません。この患者さん、僕が治療してもいいですか?」
「はぁ。見ての通り、私の回復魔法でも聞きません。みんなそうです。回復魔法に依存してしまった結果、魔法の効果が無くなってしまったんです。効果があるのは子供の間だけです」
魔法に対する耐性ができてしまったのかもしれない。薬でも、ずっと同じ薬を使っていると効果が薄れてくるという現象はある。
兵士の横に座りこむ。
「少し痛いですけど、傷口を塞ぎますねぇ」
「どうする気ですか!?」
「見ていてくださいっ!」
キメ顔をしてみる。
すごく白い目で見られた。ふざけている場合じゃないんだって。
「ムーラン、糸出して?」
クルリと後ろを向くとお尻から糸を吐き出した。
それを掴むと何かあった時のためにと持っていた植物の牙。
実は根っこから抜いてきて持ってきていたのだ。
牙をもぐと糸を付ける。
「お酒持っている人いますか?」
通行人が一人、瓶を差し出してくれた。お礼を言うと蓋を取り、傷口にぶっかける。
「なにしてるんですか!?」
「消毒です。黙って見ていて下さい」
状況は予断を許さない。
「はぁーい。ちょっと痛いですよぉ」
傷口をチクチクと縫合していく。
その兵士は項垂れながらうめき声をあげている。
痛いもんね。わかるよ。僕も痛かった。
麻酔の代わりになるものがあればいいね。
なんとか縫い終わると最後に自分のもう片方の袖を破き、傷口を拭いてあげた。
泥まみれよりは清潔だろう。
処置を終えると少しその場で寝かせる。
血は止まっているし、大丈夫だと思うけど。
空の太陽はオレンジ色に変わり、このままいくと、地球と同じように暗くなるのだろうなと感じさせる頃。
兵士の目がピクリッと動いた。
「ん? 俺は……はっ! 伝令! っつう!」
「安静にしていた方がいいですよ? 血を多く流し過ぎです。もう少しで命を落とす所でしたよ?」
「すまんな。感謝する。謝礼はどのくらいかな? 回復魔法は一万ゴールドだったかな?」
「謝礼?」
「治癒士だろう? 助けてもらったんだ。いつも金を要求するだろう?」
それはそうなのかもしれないが、けが人に金を要求する。
いつもそれは心が痛い。
「僕はヤブ治癒士でね。回復魔法は使っていないんですよ。代わりにそこをこの子の糸で縫っています。だから、二千ゴールドでいいですよ。それでもありがたい。あっ。皮膚が再生したら糸を抜きましょうねぇ」
「そんなんでいいのか!?」
「魔法を使っていないんですから」
「それこそ最先端医療ではないか! 今のご時世、回復魔法なんぞなんのあてにもならん! それなのに金ばかりとる! 腐っている!」
その訴えはごもっともなんだろう。
ただ、僕に言われてもねぇ。
「あぁ。そうですよねぇ。お礼をもらえますか? お腹すいちゃって……」
「そうだったな。これでいいかな?」
二つの銀の硬貨を貰った。これが一つ千ゴールドか。
「ありがとうございます。では……」
これでご飯を食べよう。
足早にその場を後に──。
「──おまちください!」
お腹空いてるんだけど、あの子に似ている人だ。聞いてあげようか。
「あなたのお力が必要です!」
「いやー僕なんてヤブだからねぇ。なんにもできませんよぉ」
「私もお手伝いします! その最先端医療で、人を救いましょう! もう役立たずなんて言われたくない!」
その女性の目はメラメラと燃えていた。
これは断れないな。
そもそも断るつもりなかったけど。
「いいですよ。僕は、いけ…………ヤブとでも呼んでください」
「私はユキノです。ヤブ先生! よろしくお願いします!」
急展開だなぁ。人を救うって、どうするの?