生い茂った草をかき分けて進む。
右を見ても、左を見ても人がいる気配は感じられない。
佐藤さん、一体どこに行ったんだろう?
「佐藤さーん?」
患者さんが森に迷い込んだと聞いて常連の患者さん数人で探しに来たのだが、この辺りにはいないようだ。振り返って戻ることにした。
こんなに深く森に入るかな?
それに、いつの間にか一緒に森へ入った人も見当たらない。
おかしいなぁ。
こっちで合っていると思うけど。
景色が何やら先ほどと違う気がする。だが、戻るしかない。このまま突き進んでみることにしたけど。
何やら見たことのない植物が生息している気がする。牙の生えた葉っぱが飛んできた虫に向かって大きな口を開けて食べた。
えぇぇー? 何あの不気味な植物?
あんなの日本にいるの?
おかしくない?
不気味に思いながらまっすぐ進んでいると、右奥の林がガサリと動く。
立ち止まり警戒する。
佐藤さんかな?
「佐藤さん?」
声をかけた瞬間何かが飛び出し、衝突してきた。
衝撃で尻餅をつき、飛び出してきた何かを確認する。
それは狼のように見えるが、大きさがクマ位あった。
えっ? 佐藤さん毛むくじゃらになった?
そう思うと同時に。
足から感じる激痛に気が付いた。
確認するとジーンズが破れて出血している。
しかも、かなりの量の出血。大きい血管を負傷したみたいだ。
まず止血しないと。
こんなクマくらいの大きさの狼なんているわけない。
絶対おかしい。
ここどこだろう?
あれが佐藤さんなわけないよな。うん。ボケてる場合じゃないぞぉ。
逃げないと。
狼の様な生き物を睨みながら、ゆっくりと後ずさる。
これはクマと遭遇したときの対処法だ。
この生き物にも有効なようだ。
茂みの中へと身を隠す。
傷を縫わないと血がひどいね。このままだと失血性ショックで死んじゃう。
僕はあの子に償いを果たすまでは、死ねないよ。
人を治すのが償いなんだ。
あの子を治せなかった分、それ以上の人を救わないとダメなんだ。
さっきの植物の牙が細くて縫うにはよさそうだった。
あとは糸が欲しいところだけど。
足を勧めようとすると歩けない。
えっ? なんで?
腕も動かない。足も動かない。顔が少し動く。
視線を動かして状況を確認する。何か糸の様なものがくっついている。
これはクモの糸だろうか?
上から黒い体に紫のラインの入っている何かが顔の位置に下りてきて小さな牙を開き、液体をしたたらせている。その液体は糸に落ちるとジューと音を立てて溶ける。
その溶けた糸のおかげで手を動かせるようになった。
この子、ちょっとおっちょこちょいかな?
ポケットの中に子供用でいつも忍ばせていた飴があったのを思い出した。手を突っ込み掌に出す。
「僕はそんなにおいしくないよ? これを食べるかい? 甘くておいしいよ?」
声をかけながら目線の位置に飴を差し出した。
口を開けて固まっている。
食べさせてくれってことかな?
ヒョイと入れてあげた。
これで逃げることができるかもしれない。
飴をなめていると唾液が出たのだろう。
口から液体が出てきて糸がドンドン切れていく。
うん。この子はやっぱりちょっと天然なのかな?
糸を回収しつつ足を引き摺りながら逃げる。
なんか糸が消毒液の匂いがする気もする。
クンクンッと嗅いでみるとやはりそのようだ。
これは好都合だ。しかも液で切れたところ粘着性がある。逃げながら発見した先ほどの植物の牙を一本抜いて立ち去る。
林をかき分けていきついた先に洞窟が見える。目がかすんできた。洞窟へと逃げこむ。幸いなことに先客はいないよう。
いつの頃からか膨らんだ腹からベルトを外し、足の付け根に付けて絞める。
少しすると出血は落ち着いてきた。
息の荒いのが自分でもわかる。
興奮しているわけじゃないよ? 知ってるっての。
「はぁぁ。おっさんは一人でしゃべっちゃうから困るよねぇ」
植物の牙に不気味なクモの糸をつけると引っ張っても取れなかった。これはいい。長袖Tシャツの袖はいつの間にかボロボロになっている。袖を引きちぎり、口にくわえる。
意を決して牙を突き刺して糸を通す。
「ん゛ーーーっ」
激痛が走り悶絶する。
「うぅぅぅ。ふぅふぅふぅ。っ!」
何度かの激痛を乗り越え、縫合を終えた。
疲労が押し寄せて目がかすむ。
そのまま瞼の重さにまかせて目を閉じた。
肩をツンツンとされている感触がある。
患者さんかな?
目を開けると。
真っ黒い顔に紫のラインの入ったクモがいた。
「うおっ! いづっ!」
思わず後ろに逃げようとして足の激痛を思い出す。
そうだ。
僕は変なところに迷い込んでしまったんだね。
この子はさっきのおっちょこちょいの子かな?
「どうした? ついてきたのか?」
ずっとこちらを見つめる。
もしかして、飴が気に入った?
「もう一個食べる?」
すると口を開けた。
この子は人語を理解する賢さを持っているんだね。これは好都合だ。この子の糸は有用かもしれない。
口の中へもう一つの飴を放り投げる。
なんだか喜んでいるように感じる。
「喜んでくれてよかった。でもねぇ、それで最後なんだよ。街に売っていたら買ってあげるね?」
また涎を垂らしながら舐めている毒蜘蛛ちゃん。
もしかしてなついてくれた?
さっきまで僕を餌だと思っていたみたいだけど。
丸々と太っていておいしそうに見えたのかな?
僕の脂肪はギトギトで美味しくないと思うよぉ?
そんなことを考えながら様子を見ていると、足にすり寄ってきた。可愛いところがあるじゃん。着いてくるかな?
「街まで行くけど、ついてくる?」
すると、僕の足を上り、胴を伝って肩へとへばりついた。尖っている足のはずだけど痛くない。無数の細かい毛があるっていうもんなぁ。
こうして、知らないどこかでペットを手に入れた。