探索者協会内の、ダンジョンと地上を繋ぐ出入り口。
そのやたらと厳しい扉が開くと同時、一人のメイドが姿を現した。
「ふぅ……やはりシャバの空気は良いですね」
どこぞの囚人のようなセリフを吐きながら、
多少の疲労感こそあれ、肉体的にはそれほど疲れてはいない。先の吐息は、どちらかといえば精神的な疲労からくるものであった。
如何にして実力を隠しつつ、あの場を乗り切るか。そんな難題に意識を割いたが故の疲労だ。
冗談でもなんでもなく、あの時の状況は悪かった。ルーカスの協力と、そして凪の類まれなる状況判断。このふたつのどちらかが欠けていれば、恐らく成し遂げられなかったであろう。もしもルーカスが、あの場を
きっと今頃、最高に面倒な事になっていただろう。
今回の件を上手く乗り切ることが出来たのは、偏に
「これも全て、私の日頃の行いが良かったおかげですね。あぁ、
見ればそこには不機嫌そうな、それでいて何処か安堵しているような。そんななんとも言えない表情をした、お姫様の姿があった。
「……戻ってくるなり、一体何をしているのかしら?」
「いえ。今日の夕飯は何かなぁ、と」
「そう。それなら良かったわ。私はてっきり、ウチで雇っているメイドが怪しい宗教にでもハマったのかと思ったもの」
「先生は怪しくなんてありません! 世界一のグランドマスターメイドなんです!」
「……やっぱり怪しいじゃない」
そんな下らない会話が出来るあたり、凪には怪我のひとつもなかったらしい。
例の襲撃犯が魔物を間引いたとはいえ、完全にゼロにしたわけでもないだろう。どうやらルーカスは、
「もう今更、あれこれと聞くつもりはないけれど――――怪我はない?」
「ええ、ありがとうございます。もちろん怪我なんてありませんよ。話し合いで解決しましたので」
あっけらかんとそう言い放つ
(そんなワケないでしょ……だんだん誤魔化し方が雑になってきたわね、この娘)
無論、内心では文句を垂れていたのだが。
そもそもの話、
「ところで、他の方々はどちらに?」
そんな凪の思惑を知ってか知らずか、
協会のロビーには現在、人影がほとんど見当たらなかった。実習に参加していた白凪学園生徒の姿も見当たらない。数名の協会職員と、あとは怪しい黒服が数人居る程度であった。凡そあのような事件があったとは思えない、不自然なほど静かな空間となっている。
「八神先生の引率で学園に戻ったわ。もしもの事があるし、
「おや……聴取などは行われないのでしょうか?」
「生徒達の精神状態も鑑みて、でしょうね。八神先生は軽く聞き取りを受けていたけれど、それだけよ」
「そうですか」
そう口にする
今ここで『
自身の実力が疑われていることなど既に知っている。というよりも、ルーカスとの模擬戦後に行った会話からして明らかだ。
しかし今回の実習で、偽の探索者証を自然な形で見せることに成功した。これによりどれだけ調べようとも、嘘の探索者情報にしか辿り着かなくなった。これはある意味、凪に対して打ち込まれた楔ともいえるだろう。目にした実力と順位にどれだけ乖離があろうと、どれだけ怪しかろうと、一度順位を目にしてしまった以上はそれを信じることしか出来ない。何故なら、探索者証の偽造は不可能なのだから。
げに恐ろしきは、不可能を可能にした
とはいえ流石に、偽造探索者証の用意には随分と時間がかかってしまったが。
要するに、だ。
どこの組織に所属する誰なのか。
それさえバレなければ、たとえ実力を隠していることがバレていたとしても、
「ふぅむ……では、私達も帰りましょうか。他に何か用がないのであれば、ですが」
何気なくそう提案する
そんな
「そうね。私は主人として、貴女を待っていただけだから」
「なん……ですって? やはりデレ期……! 数ヶ月前のお嬢様に見せてあげたい、このハニカミ顔!」
「なっ、違ッ……『主人として』と言ったでしょう!?」
先程まで不安な顔をしていたとは思えない程、すっかり安心しきった表情であった。そうして二人、協会の正面玄関へと、いつもの距離感で歩いてゆく。協会の外へと出てみれば、すっかり陽が傾き始めていた。
「ところで貴女、その箒は結局なんだったの? やっぱり仕込み刀とか、そういうやつなのかしら?」
「え? これですか? いえ、普通の箒ですよ? ほら」
「ふぅん――――って重ッ!? ちょっと
「ははぁ……箸より重いものは云々、ってヤツですか? なんだかんだといいつつ、お嬢様もやっぱり箱入りですねぇ」
「違うわよ! 明らかに十キロ超えてるわよ!?」
「あはははは」
「笑うな!」