「あー、もしもし
そもそもダンジョン内外での連絡は、基本的に不可能であると言われていた。しかしほんの数年前、それを可能にする手段が確立された。それは、ダンジョン内で極稀に発見される、『共鳴石』という希少な鉱石を使用する、というものだ。
『共鳴石』が埋め込まれた通信機器同士で、かつ、ごく短い距離でのみ、ダンジョン内外での通信は可能とされる。これが近年の研究で判明した成果であり、また最先端の技術である。しかし残念なことに、この技術はほとんど無いも同然とされていた。
理由はいくつかあるが、最も大きな理由としては『共鳴石』の入手が非常に困難だということが挙げられる。
『共鳴石』の発見報告数は国内で一桁。世界にまで範囲を広げても二桁ちょっと、というレベルなのだ。無論オリハルコンほどではないが、それに次ぐ希少さである。もちろん市場に出回ることなど無く、いち個人で手に入れられるような代物ではない。そんな凄まじいレア鉱石が二セット必要なのだ。
次いで、発見報告のあった階層が全て『深層』だということ。
『深層』とは、それこそダンジョンによって定義が異なる。大雑把に言えば、そのダンジョンに於ける最深部付近ということだ。言うまでもないことだが、『深層』へ挑めるのはほんの一握りの精鋭パーティのみである。つまり仮に『共鳴石』の所在が分かっていたとしても、誰もがチャレンジ出来るような場所ではないのだ。そういった前提の上で、しかも激レアときている。『無いも同然』などと言われているのも頷ける、現実的とはとても言いがたい技術であった。
そんな非実用的な技術が惜しげもなく使われているのが、
発見報告数など、所詮は公表されている数というだけに過ぎない。
とにかく、だ。
ヒヤリとする場面はあったものの、
そうして
「はいはーい! 聞こえてるぜー。やー、お疲れお疲れ! つーか舐めんなよ、大体状況はわかってんだぜ? たまたまあたしがこっちに来ててよかったよなー! そっちにはもうウチの職員が向かってるぜー。おーっとよせやい、みなまで言うな! 話が早くて流石あたしって感じじゃろ? やっぱ褒めろなー?」
「うるさ……」
矢継ぎ早に飛んでくる
だがやはりと言うべきか、既に状況を把握しているというのは流石であった。ダンジョン内で起きた事件という性質上、盗聴器系は軒並み使い物にならない筈なのに、一体どうやって情報を得ているのやら。能力は凄まじいがその分、他の色々が残念な同僚である。
「まーなんだ、
「あー……いや、ウチの職員が来るまで待機してるよ。襲撃犯は気絶させたけど、いつ起きるか分かんないし。ダメージが残ってるとはいえ、再制圧はちょっと難しい相手だよ」
「へぇ……オリがそこまで言うの、珍しいじゃん」
「ん……そうだね。過去一だったかも」
「おっけーおっけー! んじゃあそう伝えておくぜー。他になんかあるかー?」
「いや、特には――――ああ、そうだ。ウチのお嬢様に怪我がないかどうかだけ、遠目でいいからそれとなく確認しておいて」
「だははははは! おっけーおっけー! いやぁ、オリもすっかりメイドが板についてきたな! おねーさんは嬉し……ぶはははは!」
「うるせぇ……じゃ、あとよろしく。切るよ」
そう言うと、
そうして一休みするため、
「話は終わったぁ?」
「うぉわー! びっくりしたぁ!」
声の出どころは少し離れた壁際、襲撃犯の少女からだった。
幾分回復したのか、先程までは仰向けに倒れていたのに、今は壁に背を預ける体勢へと変わっている。
「あはっ……『うぉわー』だって。そんな綺麗な顔して、意外と男らしい悲鳴だねぇ?」
「失礼しました、忘れて下さい。それよりも……いつからお目覚めに?」
「けっこー前だよぉ。こう見えて頑丈なんだよねぇ……まぁ、まともに動けはしないけどね」
そう語る少女の言葉には、どうやら嘘は無さそうであった。
壁に叩きつけられたせいか、目深に被っていたフードは捲れ、付けていた仮面もどこかへいってしまったらしい。苦しそうに話す少女は、その素顔がすっかり露になっていた。髪色は黒で、前髪はぱっつりと切り揃えられている。所々の髪色が違うのはエクステンションだろうか。ざっくりといえば、所謂『地雷系』である。幼い顔立ちだがパーツは整っており、文句なく美少女の部類であろう。少なくとも、先程まで見せていた狂気の戦いぶりが似合うような顔ではなかった。
「んふふ……
「あ、見られて……いえ、まぁいいでしょう。こうなった以上、今更隠しても仕方ありませんしね」
「そうそう。せっかくだし全部喋ってよ。なんだっけ……そう、冥土サービスだっけぇ?」
掠れ気味の声でそう言いながら、戦斧を支えによろよろと立ち上がる少女。
しかし
「ふふ。こんなに楽しかったのは初めてだよ。ねぇ……キミは一体何者?」
「……その質問にはお答え出来かねます。ですが、そうですね……」
そう言いつつ、
別に、少女の姿を見て感傷的になったわけではない。相手に名乗るような、そんな騎士道精神も持ち合わせてはいない。しかし以前にも見せたように、
「だからどうだ、という話でもありませんけどね」
「……ふふっ! うッ……ふふっ、あははははは! 成程、なるほどねぇ! 道理で強いわけだぁ!」
痛みに腹部を押さえながら、それでも堪えきれずに大笑いする少女。
そうかと思えば、少女が突如として戦斧を振りかぶる。そうして少女は続けざま、手にした戦斧を
「ぐぁッ!」
どうやらいつの間にか意識が戻っていたらしい。切断された右手の先には、数本のナイフが握られたままであった。
「邪魔すんなって、言ったよねぇ」
酷く不可解な行動であった。
男と少女は仲間であるはずなのに。
「……何故、私を助けたのですか?」
「んふふ。助けただなんて、そんなこと思ってもないくせに。キミもちゃんと気づいてたでしょ?」
「それでも、です」
「言ったでしょ。ボクは、キミとの逢瀬を邪魔されたくなかっただけ。さっきも邪魔されたんだから、二度目は許せないよ」
どうやら最後の力を振り絞った一撃だったらしい。そう言ったきり、少女は再び壁を背に崩折れた。
「ねぇ……また会えるかな?」
「……もう会うことは無いでしょう」
「そっかぁ……残念だなぁ」
耳をすませば、いくつかの足音が聞こえてきた。
恐らくは
「
「……はい?」
「ボクの名前。クロアっていうの。キミの名前は?」
答える必要などない。
彼女はこれから情報調査室へと引き渡され、恐らくは尋問を受けることになるだろう。先にも話した通り、
「
「オリハ……いいね、好きな名前だ」
まるで噛みしめるように呟くと、クロアは再び瞳を閉じた。
やがて情報操作室の職員たちが到着し、
手際よく進められる後始末の中、
地に深く刻まれた刃の残痕、赤黒い血溜まり、斬り飛ばされた男の右腕。そこには戦いの匂いだけが、拭いきれずにべっとりとこびりついていた。