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第50話

(あ、ヤバい)


 織羽おりはは戦斧による一撃を、箒で受け止めるつもりでいた。だが一目で理解した。これは無理だ、と。


(後ろに――――いや、横ッ!)


 戦斧といっても、少女の手にするそれは柄の部分が長く、どちらかといえばハルバートに近い。取り回しの難しい武器だが、その代わりにリーチが長く威力もある。間合いの内側にある今、後方へ逃げたところで回避しきるのは難しい。そう瞬時に判断した織羽おりはは体を無理矢理に捻り、その場で半回転するように攻撃の軌道上から逃れた。


 瞬間、凄まじい爆発音がフロア内に響き渡る。あまりの衝撃に地面は揺れ、頭上からはパラパラと小石が落ちてくる始末。それこそ爆弾か何かが破裂したかのような、凡そ近接武器から出るような音と衝撃ではなかった。


(えぇ……?)


 回避に成功した織羽おりはが、その爆心地へと視線を送る。

 そこには小さなクレーターが出来上がっていた。叩きつけられた戦斧は地面に深々と突き刺さり、まるでクレーターを両断するかのように斬撃痕を残している。平たく言えば大惨事である。少なくとも、人間に受け止められる類の攻撃ではなかった。それは織羽おりはとて例外ではないだろう。


 如何に探索者が身体能力に優れるといっても、これは限度を超えている。

 仮に織羽おりはや隆臣が全力で同じことをしたとしても、こうはならない。つまり眼の前の少女は、こと破壊力という点に於いてのみ言えば、織羽おりはよりも上だということになる。確かに織羽おりははパワータイプではないが、それにしても異常に過ぎる破壊力であった。


「……となると、何かの技能スキルかな?」


 単純な身体能力強化か、或いは攻撃の威力そのものを増幅させるタイプか。触れたものを爆発させる技能スキル、という可能性もあるだろう。

 現在、探協にて公開されている技能スキルの種類は多岐にわたる。それこそ星の数ほどあると言っていい。だが織羽おりははその全てを記憶しているわけではないし、そもそも公開されていなかったり、或いはまだ申告のない技能スキルも存在しているのだ。今しがた目の前で繰り広げられた大惨事が、未知の技能スキルによって引き起こされた可能性は十分にある。何を隠そう織羽おりは技能スキルもまた、ごく一部の相手を除き秘匿されているのだから。


「あはっ、流石だね! 上手く避けるじゃん♡」


「避けるに決まってますよ、そんなの……」


「ちなみにだけど、ボクの斧を真正面から受け止められたヤツは、今のところゼロだよ」


「でしょうね。まぁ防ぐだけなら、やってやれないこともありませんが」


「言うねぇ! じゃあ――――やって見せてよッ!」


 地面に突き刺さっていた戦斧を、今度は横薙ぎに振り払う。恐らくは重量も相当なものだろうに、それをまるで感じさせない鋭さであった。もちろん普通であれば、先程のように回避するのが正解だろう。あれほどの馬鹿げた攻撃を真正面から受け止めるなど、それこそ馬鹿でもやらない愚行だ。だが今度の織羽おりはは逃げなかった。箒を構え、迫りくる刃をただじっと見つめている。


 極限の集中によって引き伸ばされた、そんな意識と時間の中で。

 戦斧の刃が、僅かに速度を増した瞬間を織羽おりはの眼は捉えていた。そしてその一瞬を見逃さなかった。


「そこですッ!」


 箒の柄を上から振り下ろし、横薙ぎに振るわれた戦斧へと叩きつける。防ぐというよりも、どちらかといえば武器を狙った攻撃に近い。

 しかしたったそれだけ――合わせただけでも凄まじい技量ではあるが――のことで、戦斧は地面へと吸い込まれるように落下した。慣性を残すこともなく、ただ真下へと。瞬間、轟音と共に戦斧が地面を叩き割った。振り下ろしたわけではなく、今回はただ取り落としただけだというのに、だ。


「ッ……! もしかして見抜かれてるのかな?」


「……『重力操作』か、或いはそれに近い技能スキルなのでしょう? それも恐らくは、自身が触れているものにのみ作用するタイプの。振り始めは軽くしておいて、勢いがついてからは重くする。タネが分かれば対処は可能です」


「あはははは! 凄いね! もしかしてさっきの初撃だけで気付いたの?」


「刀を使っていた時から見当は付けていましたよ。あれだけの0-100加速、いくら探索者だといっても身体能力だけでは説明がつきません。身体強化との二択でしたが……それにしては少々、違和感がありましたので」


 そう言うと織羽おりはは箒を構え直し、傷がついていないかを確認する。

 どうやら今回も無傷で済んだ様子である。とはいえ、先ほど刀を受け止めたときですら無傷だったのだ。斧の側面を小突いたくらいでは、どうにかなる筈もないのだが。


「っていうかずっと気になってたんだけど……その箒は一体何なワケ? ボクの攻撃を二度も防いで、それでいて無傷なんておかしいよ」


「これですか? ふむ……まぁいいでしょう。冥土の土産に教えて差し上げます。メイドだけに」


「うわ、今のはつまんなかったよ」


「うるさいですね……」


 仮面の少女からのツッコミに、織羽おりはがムスッと唇を尖らせる。

 そうして手にした箒を自慢げに、二人の敵へと見せびらかした。


「ときに……ダンジョンから産出した金属で、最も希少なモノは何かご存知ですか?」


 突然の問いかけに、なんとも馬鹿っぽい表情を見せる少女。

 そんな少女に代わり、仮面の男が問いに答えた。


「オリハルコン、ですね? ああ、この国では緋々色金ヒヒイロカネと呼ぶのでしたか。軽く硬く、割れず曲がらず、そして錆びない。各種エネルギーの伝導率が凄まじく、表面が揺らめいて見えることから『生きた金属』とも呼ばれている、伝説上にのみ存在する金属。そんな伝説の名を冠した、この世で最も珍しいダンジョン素材。それがオリハルコンです」


「そうですね。です」


「……なんですって?」


「ですから、この箒はオリハルコン製なんです」


 酷く呆気のない織羽おりはの言葉に、男は呆然とするばかりであった。

 それもそのはず。オリハルコンとはまさに伝説の金属なのだ。


 ファンタジー世界のソレと、現実世界のソレが同一のものなのか、それは誰にも分からない。だが少なくとも、伝説の名を冠するに相応しい価値があることは間違いないのだ。男の知る限りでは、世界でも片手の指で数えられる程度にしか確認されていない筈である。希少価値は測り知れず、もし売り買いが行われるとすれば凄まじい金額が動くであろう。個人で所有している者など皆無なのだ。そんな希少過ぎる金属がクソみたいな箒に使われていると、眼の前のメイドはそう言っている。とても信じられる話ではない。信じられる話ではないが――――素材として最高峰と言われる、一角獣ユニコーンの角で作られた刀を一方的にへし折ったのだ。そうでもないと説明がつかないのは確かであった。


「……私の知っているオリハルコンの特徴とは、少々違うようですが?」


「ああ、それはですね……なんだか表面のユラユラが気持ち悪かったので、つや消しを施しました。執拗に」


 あっさりとそう言い放つ織羽おりはであるが、それがどれほど馬鹿げた行為なのかは言うまでもないだろう。

 国宝級の建築物に唾を吐くどころではない。市販のスプレーで落書きをした挙げ句、ガリガリとヤスリで擦るようなものである。罰当たりを通り越して、いっそ清々しいほどの蛮行だ。敵対している筈の男でさえ、頭がどうにかなりそうな程の衝撃であった。


「いいでしょう……もし今の話が本当だとして……では、貴女は一体何者なのですか?」


「おや、そんなこと答えるワケがないでしょう? 冥土サービスはこれでおしまいですよ」


 自身の得物を自慢し終えた織羽おりはが、 再び戦闘態勢へと移行する。


「ふぅ……どうやら思っていたよりずっと、大変な仕事を引き受けてしまったようですね」


「あはははは! なんでよ、最高じゃん! 俄然興味が湧いたね!」


 疲れたような後悔しているような、なんとも言えない感情をため息にして吐き出す男。相棒の能天気さが、今は少し羨ましかった。

 彼らがこうして会話に興じているのは、現時点で任務の失敗がほぼほぼ確定しているからだ。目標である九奈白凪に逃げられてから、既に数分が経過している。まだ追いつける範疇ではあるが、しかし眼の前のメイド排除しなければならないことを考えると――――はっきり言って絶望的だった。


 ならば何故、男は撤退を選ばないのか。その理由はひとつだけ。

 後のことを考えれば今ここで、眼の前の怪しいメイドを仕留めておかなければならないからであった。


 「本当に……大変だ」


 そうして男は、誰にも聞こえない声量でぽつりと呟いた。



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