「お嬢様、私の後ろへ」
「リーナ、少し下がれ」
前方の怪しい二人組が招かれざる客であることを、二人は瞬時に見抜いていた。
ダンジョンという別世界の中にあってなお、拭えない違和感を前方の二人組から感じ取っていたからだ。ダンジョン内で武器を持っていることは、特別おかしなことではない。魔物と戦わなければならないのだから、むしろ持っていて当然ですらある。だがこれは、
「ひッ……!!」
誰かの悲鳴が上がる。
当然だ。温室育ちのお嬢様方が直視出来るような光景ではない。その程度の悲鳴で済んだ事が、むしろ奇跡とさえ言えるだろう。
「……
「大丈夫ですよ」
常に毅然とした振る舞いを見せる凪であるが、これほどの血を見るのは流石に堪えたらしい。彼女は少し不安そうに、眼の前にあるメイド服の裾を握っていた。見ればリーナも、凪と殆ど同じ反応であった。普段の明るい彼女は鳴りを潜め、ルーカスの背中に隠れている。
(おぉ……お嬢様のレア顔だ)
突如訪れたこの状況下にあって、
しかしそんな考えも、次の瞬間には吹き飛んでしまった。
「やっほー! 宣言通りまた遊びに来たよ、つよつよメイドちゃーん♡」
そう言いながら、明らかに
瞬間、
(ヤダ……もしかしなくてもアレ、あの時のサイコホラー女じゃん最悪……やめて、こっち見ないで。っていうか手を振るな!)
あの夜も、狙われたのは凪だと思っていた。だが『みつけた』というセリフと、そして今の言葉から察するに。どうやらあの少女の狙いは、凪ではなく
そんな
「メイドよりも後ろの彼女です。当初の目的をお忘れなく」
「あァ!? うるせェなァ、誰に指図してンだよボケが! 邪魔すンじゃねェよ、ぶっ殺すぞテメェ」
「はぁ……目的さえ忘れていなければ、別に遊ぶのは止めませんよ」
「なーんだ、それならそうと早く言ってよねー! 危うく殺すとこだったじゃん」
コロコロと表情を変える――実際には仮面で見えないが――少女と、恐らくは少女のストッパー兼、バディであろう男。殺気のようなものはまるで感じられないが、逆にそれが二人の強さを証明している。殺気を垂れ流すなど二流の証だ。一流、それも超が付くほどの刺客ともなれば、武器を振るうのにいちいち殺気を見せたりはしない。少なくとも情報調査室にスカウトされてからの
敵の狙いは明白だ。
この二人組は十中八九、以前凪を攫った
(……さて、どうしたもんか)
そうして
道を塞ぐ二人組に対し、引率である八神教諭が
「あなた達は一体何者ですか! この惨状はあなた達の仕業なのですか!? 我々がどういった集まりなのか、ここがどういった場所なのかを理解しての行動ですか!? 出口までは目と鼻の先、すぐに協会の者が駆けつけますよ」
異様な気配を漂わせる相手へと、臆さず啖呵を切ることが出来た点は称賛に値する。引率役としては正しい行為だ。だが彼女も、所詮は戦いを知らぬ者に過ぎない。敵意を持つ者が現れたことは分かっても、しかし誰何だとか警告だとか、そんな段階はとうに過ぎていることを理解していない。現に戦いを生業としている
「はて……ダンジョン内に於いては、通常の通信機器は使えない筈ですが。一体どうやって応援を呼ぶおつもりで? 目と鼻の先といっても、まだ数kmありますよ」
「そ、それは……っ」
「あなた方がどういった集まりなのかも、当然知っています。知っていますが、どうだっていいんですよ。仮にそちらの護衛探索者全員と私が戦ったとして――――まぁ、五分もかからないでしょうから」
事も無げに言い放ったのは仮面の男。
彼一人が
ダンジョン探索に於いて最も重要なこと。それは何よりも『死なない』ことだ。
メンバーの誰かが負傷した際は撤退する。とても倒せないほど強力な魔物が現れた際は、無理せず後退する。命を最優先に考えるのが普通で、それが探索者の常識なのだ。今の状況はそれと同様、本来であれば逃げるべき状況なのだ。彼女らは既に気づいてしまっている。眼の前の二人組は、自分たちが敵う相手ではないということを。だが普段の探索とは異なり、今の
(
自分が戦うしかない。
一瞬そう考え、しかし心中でそれを否定する。それをしてしまえば、最悪の場合は凪の護衛任務自体が失敗になる。それだけは避けなければならない。敵の目的が自分と凪にあるのなら、他の者達は見逃されるだろうか。否、それはあり得ない。仮面によって顔が分からずとも、体格や声色は犯人を特定する情報たり得る。つまり敵は、この場の誰一人として逃がすつもりがない。足元に転がる探索者も、恐らくはそういう理由で
正直に言えば、凪を守るだけならば簡単なのだ。他を全て見捨てればいいだけのこと。凪一人を連れてこの場を離れるくらい、
しかし。だが。
何をどう考えても、否定が付いて回る。
矜持と決意、生きる理由。そして任務の成否。その板挟みに、
その時ふと、服が引っ張られるのを感じた。
振り返ってみれば、そこには守るべきお姫様の姿があった。眉根を寄せ、不安そうな顔で
(……あぁ、よくないな……また後悔するところだった)
また失い、後悔するよりは。
かつて誓った筈のそれが、再び
そうして前を向いた
同じく主人を庇いながら、必死に打開策を模索しているルーカスの姿が。
(……ん? 待てよ?)
瞬間、
それは、普通なら真っ先に思いつくであろう作戦であった。パーティプレイを知らないが故に、
そうして
「……ルーカスさん。模擬戦での貸しがありましたよね? 申し訳ないんですけどアレ、今返してもらっていいですか?」