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第18話

 まるで洗練されたラグジュアリーホテルのような、シックで高級感溢れる佇まい。

 探索者向けの店といえば、当然ながら武器防具が並んでいることがほとんどである。事実、ここ『 Le Calmeル・カルム』もそうだ。だというのに、そんな一種の『血生臭さ』のような気配は一切感じさせない。ただただ静かで落ち着きのある、まさしく『凪』と呼ぶのが相応しい、そんな店だった。


「ここがお嬢様の店ですか……」


「ええ」


「なんだか偉そうな店ですね。あ、勿論良い意味ですよ?」


「貴女ね……まぁいいわ。さっさと行くわよ」


 何がどう良い意味なのやら。

 例のごとく失礼な一言を添えた織羽おりはを従え、凪が店へと歩を進める。店頭では既に、店の責任者と思しき女性が凪の到着を待っていた。年齢は三十代前半、といったところだろうか。凪と同様、お高そうなブランドスーツに身を包み、ショートボブの茶髪を七三に分けた、見るからに仕事の出来そうな大人の女性であった。


「お待ちしておりました、社長」


「ええ。忙しいでしょうに、わざわざ出迎えてくれなくても構わないわよ」


「とんでもございません」


 仮にも年上相手だというのに、凪はなんとも堂々とした態度であった。後ろで眺めていた織羽おりはは『ふーん、偉そうじゃん』などと考えていたが。

 そんな織羽おりはへと、女性からの視線が向けられる。自身へと向けられたその視線に、織羽おりはは少し感じるものがあった。とはいえ、普段凪に同行しているのはメイド長の花緒里かおりである。どこか訝しむようなその瞳も、ある意味では仕方のないことだった。


「ところでそちらの方は……初めて見る方のように思いますが」


「うちの新人メイドよ。今日はいつもの花緒里かおりが来られないから、代わりに連れてきたのよ」


 凪による酷く雑な紹介を受け、織羽おりはが深々と一礼する。メイドたるもの、とりあえずは出会った全ての者へと、丁寧な挨拶を。


「メイドの織羽おりはと申します。以後、お見知りおき下さい」


「左様でしたか。当店の責任者を任せて頂いております、黒沼と申します。今後とも宜しくお願いします」


 そもそも今の織羽おりは花緒里かおりの代役でしかなく、今後も顔を合わせる機会があるかどうかは不明なのだが。勿論、そんなことは流石の織羽おりはも口には出さない。そうして恙無く挨拶を済ませ、織羽おりはと凪の二人はそのまま店内へと案内される。店内は非常に広く、高級ホテルのロビーも斯くやといった、落ち着きのある空間となっていた。どうやら店のスタッフが車を停めておいてくれるとのことで、織羽おりはは車のキーを受付のスタッフへと預けた。


 店内には何人かの客もおり、誰もが目を輝かせながら商品を眺めていた。一般的な店と違うところといえば、客のひとりひとりにスタッフが付いていることだろうか。刃物を取り扱っているからか、それとも単純に商品の値段が高いからなのか。織羽おりはの見たところ、スタッフ全員が何かしらの戦闘経験を持っているように感じられた。純粋なサービスというには少々剣呑な話である。とはいえ、何処の店でも最低一人は警備を雇っているものだ。この店ではそれをスタッフが兼任していると考えれば、ある意味で効率がいいのかもしれない。


 その後、凪と黒沼は様々な会話をしながら店内を回ってゆく。やれ『売れ行きはどう』だの、『流行りの傾向はどう』だのと。そんな二人の後ろを、口を挟むでもなく、きょろきょろと周囲を見渡したりすることもなく、ただ黙って付いて歩く織羽おりは

 初めて訪れた探索者用品店だ。本音を言えば、商品をいろいろと物色したい気持ちもあった。織羽おりはは探索者であるが、しかし彼は昔から、一般的な探索者達とはが違っていた。加えて同僚にも探索者はいるが、そのどれもが、とても一般的とは言い難い者ばかり。故に商品が欲しいなどとは微塵も思わないが、一般的な探索者の装備類には一定の興味があったのだ。


 とはいえ、それも所詮は暇つぶし。どうしても知りたいという程ではない。蜘蛛型魔物の糸から作られたという万能ロープは、少しだけ欲しかったりもしたが。

 その間も、凪と黒沼の相談は続いていた。店内を見回った後は、店内奥のスペースへと移動。恐らく普段は売買契約の席として使われているのであろうソファへと腰掛け、再び打ち合わせへと没頭してゆく。結局この日の視察が終わる頃には、たっぷり2時間半が経過していた。


「ふぅ……こんなところかしら?」


「そうですね。当面の方針はこれで問題ないかと」


 漸く終わった打ち合わせ。

 顔には微塵も出さないが、流石の織羽おりはもいい加減に飽きてきた頃であった。


「本日はご足労頂きありがとうございました。それでは、正面に車を回させますので」


「そう。じゃあ……待たせたわね織羽おりは、そろそろ帰るわよ」


 凪が立ち上がり、黒沼は執事風の制服を着たスタッフへと声をかける。

 そうして特に会話をすることもなく、店内で待つことほんの数分。店の目の前には、偉そうな車が停められていた。車を回してくれたスタッフが、ゆっくりと車を降りる。手間を省くためだろうか、車のエンジンはかかったままである。


 ――違和感。


 刹那、通りの向こう側――丁度織羽おりは達が帰る方角から、大きな爆発音が聞こえてきた。来るときにも通過した、例の探索者街の方である。建物の陰になっていて様子が窺えないが、何やら小さな黒煙も上がっていた。続いて聞こえたのは、誰かの甲高い悲鳴。事故か事件か、或いは、またもや探索者の起こした騒ぎか。


「……またなの?」


「まぁ、立地的にダンジョンのすぐ近くですから、こういった騒ぎはたまに起きますけど……最近は特に多いですね」


 凪はともかくとして、やはり探索者関係の仕事をしているからだろうか。黒沼もまた、すっかり慣れた様子であった。彼女は小さくため息を吐き出し、やれやれといった様子で肩を竦めている。


「社長が帰られる方角ですね……様子を見て来ましょうか?」


「別に必要ないわよ。いいから仕事に戻りなさい」


「ですが……やはり心配です。社長の身に何かあってからでは――」


「はぁ……分かったわよ。うちのメイドに行かせるわ。それでいいでしょう?」


 そう言うと、凪が織羽おりはの方へと振り返る。

 黒沼が眉尻を下げながら、渋々といった様子で引き下がる。


「……それならば、はい」


「そういうわけよ。織羽おりは、悪いけれど少し様子を見てきてくれるかしら?」


 ――違和感。


 そう、これは違和感だ。織羽おりははここにきてから、ずっと違和感を感じていた。しかしその違和感の正体が何なのか、織羽おりは自身にも断言が出来ないでいる。ただの気のせいかも知れない。その上で、主である凪にそう命令されてしまえば、メイドである織羽おりはは異を唱える事が出来ない。


「……承知しました。ですがお嬢様、絶対にそこから動かないでください」


「……? 別に置いて帰ったりしないわよ。貴女がいないと誰が車を運転するのかしら?」


「……すぐに戻ります」


 そう言うや否や、織羽おりはが小走りで通りの向こう側へと消えてゆく。

 騒ぎの所為か、周囲からは人気ひとけがなくなっている。その場に残っているのは、車を回したスタッフと、黒沼と、そして凪だけであった。




       * * *




 結論から言えば、騒ぎの原因はやはり探索者同士のいざこざであった。つまりは下らない喧嘩である。犯人たちはすぐさま治安維持部隊ガーデンによって取り押さえられ、騒ぎはあっという間に収束した。そうして様子を見届けた織羽おりはが、『 Le Calmeル・カルム』と戻って来る。時間にすれば、ほんの五分にも満たない程度であった。


 しかし織羽おりはが戻ってきたとき、そこに凪の姿は無かった。

 停まっていたはずの車も、執事風の制服を着たスタッフも、見送りに出ていたはずの黒沼も。


 その時ふと、織羽おりはの懐で何かが震えた。

 それはひそかより事前に支給されていた、連絡用のスマートフォンであった。画面には着信を知らせる表示と、そして『非通知』の文字。織羽おりははがっくりと肩を落とし、そうして通話ボタンをゆっくりと押す。スマホの向こうからすぐに聞こえてきたのは、あのやかましい同僚の声であった。


『あ、もしもーし! オリ聞こえてるー?』


「聞こえてるよ」


『いやー! オリが仕掛けた盗聴機越しに、現場のモニタリングしてたんだけどさぁー! なんか、お姫様連れて行かれちゃったんだけど!? あはははは! ヤバくね? マジでウケんだけど! よっしゃぁー! 仕事だ仕事だー! 行くぞオリ! さっさとイヤホン装備しなー?』


 凡そ今の状況には相応しくないような、間の抜けた明るい星輝姫てぃあらの声だ。


「はぁ……くそっ、醜態だ」


 織羽おりはは懐からイヤホンを取り出し、そっと装着した。

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