九奈白凪という少女は、自らの才覚に依らない持ち上げを嫌う。
それは分かりやすく言えば、九奈白家の息女として必要以上にちやほやされることを嫌う、ということだ。
九奈白という家に生まれた以上、それはどうしてもついて回る事柄だ。それについては勿論、凪本人も分かっていること。
そして未だ少女である自身が、少なからずその恩恵に与っていることも理解している。特別扱いなど数え切れぬほど受けてきた。自らの生まれが特殊であると、幼い頃より知っていた。
だからこそ、彼女は九奈白の名に甘えることを良しとしなかった。家が嫌いなわけでない。父が嫌いなわけではない。ただ九奈白家の娘として、その名に恥じることがないよう在りたい。そこらの子息子女にありがちな七光りなどではなく、自らの力で立ちたい。そう考えている。
そうした特殊な環境に身を置き、一度でも恩恵に与ったことがあるのなら、その恵まれた地位には義務と責任が生じる。ノブリス・オブリージュというわけではないが、しかし彼女はそれに近い考えを持っていた。要するに誇り高いのだ。その上で賢く、自らを厳しく律する者。あるいは、そう在ろうと志す者。それが九奈白凪という少女である。
とはいえ、所詮はまだ十五の少女だ。『言うは易し』とは良く言ったもので、普通に考えればただの理想論でしかない。
だが彼女には、それを実行するだけの才覚があった。自らを磨く努力すら、彼女は怠らなかった。その結果、それらは既にただの理想ではなくなりつつある。
「会社の視察、ですか?」
「ええ。普段は
ある休日のこと。
珍しく部屋まで呼び出された
本日凪が視察に向かうのはそのうちのひとつ、『
「承知しました。では参りましょう」
言うが早いか、
「……いえ、だから準備をしなさいと言っているのよ」
「はい、既に準備は完了しております。必要なものは『私』です」
そう言って自らを指差す
それを見た凪は、胡乱げな瞳を
* * *
「この手の車を運転するのは初めてですが……流石と言いますか、やっぱり乗り心地が良いですね」
「私はあまり好きじゃないわね、無駄に目立つし。それより貴女、本当に免許持ってるんでしょうね?」
「あはは、当たり前じゃないですか」
スーツ姿の凪を後部座席に乗せ、
流石は九奈白家というべきか、あるいは、流石の九奈白凪というべきか。白凪館の所有する車は、如何にも『金持ちが乗っています』といった外観をしていた。つまりは黒塗りで、妙に車体が長い例のアレである。凪自身の好みからは遠くかけ離れているらしいが、しかし彼女の年齢と立場上、こういった『演出』も必要なのだとか。
余談だが、
白凪館に於いても、普段の外出時は
そうして九奈白市内を走ること、凡そ一時間。特に渋滞に引っかかるなどということもなく、二人は目的の通りへと到着していた。
やってきたのは市内の、それもダンジョンにほど近い大通りであった。
所謂『迷宮通り』などと呼ばれている場所だ。普段凪達が通学に使用しているメインの通りとは異なり、そこには探索者向けの店が多く立ち並んでいる。『探索者』などといっても、小説や漫画の世界に登場する『冒険者』とは違うのだ。基本的に見た目の上では普通の一般人と変わらず、昼間から飲んだくれて喧嘩を吹っ掛けてくるような粗暴者は
そんな迷宮通りに軒を連ねている店は、そのどれもが
ファンタジーではありがちな、如何にもといった酒場、ギルド、木製のスイングドアなどあるはずもなく。一見しただけではそうと分からないような、ごくごく普通の店構えばかりである。普通の店と違いがあるとすれば、それはショーウィンドウに飾られているのが『装備』であるという点くらいか。
「わぁ、なんだか素敵ですね。活気があると言いますか……」
「ここは迷宮都市だもの。市外より活気があるのは当然――というか、初めて見たような反応をするのね?」
「はい、実はこういった探索者街に来るのは初めてです」
「……? 貴女、『元探』なんじゃなかったかしら?」
窓を流れる店を眺めながら、やたらと感動を見せる
そう思い凪が問うてみれば、
「貴女、今まで一体どういう――」
そうして凪が、珍しく
「お嬢様、到着致しました」
そういって
「……そう。ありがとう、ご苦労さま」
凪が労いの言葉をかけた時には、既に
「どうぞ」
「……ええ」
元よりただの世間話だ。それほど興味があるわけでもない。まして彼女は、他人を