僅かに開いた窓から、早朝の爽やかな風が流れ込む。
目覚ましの音で目を覚ました
この館の各部屋には、それぞれ個別にトイレとシャワールームが備え付けられている。湯船こそないものの、いち使用人に与えられる部屋としては破格も破格。家というよりも、最早旅館に近いと言えるだろう。無論大浴場もあるが、
そうして洗面所で顔を洗った後、
クローゼットからメイド服を取り出し、いそいそと着替え始める。やはり慣れとは恐ろしい。悲しいもので、女性用の下着を着用するのにもすっかり慣れてしまっていた。無論抵抗が無いわけではないが、しかし既に仕事の為と割り切っている。
着替えた後は軽く化粧を施し、ほんの僅かな時間を鏡とのにらめっこに使う。髪をかきあげ、ヘアネットを被り、ウィッグに櫛を通し、後ろからゆっくりと被る。軽くブラシで整えたのち、最後にメイドカチューシャを装備する。時間にすればほんの15分程の作業だ。これほどの短時間で仕上げられるのも、先生と
全ての準備を終えた
こうして、
「それじゃあ、今日も張り切って行きますか」
* * *
「……友人、ですか?」
「その反応は何かしら? 私には友人なんて居ない、とでも思っていたのかしら?」
「はい。あ、いえ、あははははは」
「……やっぱりクビにしようかしら」
朝食を終えた後の、登校までの空き時間。
既に万端準備を整えている
曰く、古くからの知り合いが日本へと留学に来ているらしい。なんと通っている学園も、果ては学科まで同じであるという。目の前の仏頂面少女が仲良くしている友人など、
(……いやいやいや、不用心では? 金持ちの娘が二人で徒歩通学なんて、ただのクソデカリスクでしかないでしょ)
厳密に言えば向こうのご令嬢にも護衛がついており、
「車で行けばいいのに」
否、口からもちゃんと出ていた。
「嫌よ。私は自分の足で歩くのが好きなの。というか、薄々気づいてはいたけれど……結構言うわよね、貴女」
「場を和ませる為の小粋なジョークです。本心ではありません」
「別に構わないわよ。個人的にはやたらと
もしこれが一般的なお嬢様であれば、即刻クビを切られていることだろう。つい口を滑らせた
そうして、件の友人とやらの到着を待つこと暫し。
手持ち無沙汰となった
「……あら、美味しいわね」
「ふふん」
「腹立たしいから、そのドヤ顔をやめなさい」
そんなやり取りの直後、漸く到着した凪の友人を
『本当に存在したのか』などと失礼なことを考えつつも、メイドである
「おはようございます、凪さん。お待たせしてしまいましたか?」
「ええ、おはよう」
少し癖のあるふわふわの金髪に、愛嬌のある童顔。鈴を転がしたような可愛らしいその声色。
妙に覚えのあるそれらに、
「んふッ!? げほっ、ごほっ!」
それは
「あら? そちらの方は……初めて見るお顔ですね? 以前遊びに来た時は、居なかったような気がします」
「そういえばそうだったわね。彼女は学園での、私の付き人よ」
出来れば目立たぬようにやり過ごしたいところであったが、凪から紹介されてしまっては最早どうにもならない。というより、彼女はそもそも凪と同じ学科で、かつ同じクラスなのだ。今やり過ごしたところで、結局は時間の問題である。
彼女には
既に『元探』であることは凪に知られているが、しかしだからといって、実力を知られるわけにはいかない理由が
探索者の情報は全て、協会のデータベースで簡単に調べることが出来るからだ。無論それらは個人情報に該当するため、詳細を閲覧することは出来ない。しかし探索者としての基本情報くらいは載っている。データベースで知ることが出来るのは、その者の順位と探索に於ける戦績、成果、そして性別である。
そう、性別だ。
探索者は世界中に数百万人と存在している。戦っているところを見られた程度では、そうそう順位までは辿り着かないだろう。だが能力とは当然、高ければ高いほど目立つものである。もしもなにかの間違いで順位がバレてしまったら。そのまま芋づる式に性別までバレてしまい、晴れて
加えて凪は、国内でも有数の権力を持つ家の娘である。家の力に頼ることを嫌う彼女ではあるが、しかし可能かどうかでいえば、その強大な力を振るうことは可能である。
もちろん、これらは全て仮定の話である。小さな綻びと僅かな手がかりを拾い集め、そうして漸く辿り着くかどうか、といった程度の話でしかない。つまりはリスクの問題だ。ともあれそういった諸々の理由から、『紙袋メイド=
果たして、目の前の金髪少女は気づいてしまうだろうか。
「初めまして。私はリーナ・ユスティーナ・エルヴァスティといいます。リーナって気軽に呼んでくれると嬉しいです。探索者について学ぶ為、先日から日本に留学してます。凪さんの付き人ということは、これからお会いする機会も多いかと思います。仲良くしてくださいね、綺麗なメイドさん」
随分と丁寧な自己紹介――それこそ、いち使用人に対するものではない。成程、無愛想な凪とも上手くやれるわけである。リーナの性格がよく分かるような、そんな自己紹介であった。
しかしそれを聞いた
(や、やったッ! 全然バレてない! アホの子で良かったー!)
あまりにも失礼な感想だったが、しかし『バレたら人生終わり』状態である
「
恭しく一礼し、にこりと微笑む
「……あれ?
「――いえ、初対面でございます」
と思いきや、不意打ちが
どうにか動揺を抑え込むことに成功した
「そうですよね……うーん、何か引っかかるんですけど……この気持ちは一体何でしょう? はっ、これが恋……?」
堂々と否定したことが功を奏したのか、リーナ嬢は気づく様子もなく、ただアホっぽいことを呟いていた。とはいえ、何がきっかけになるかなど分かったものではない。早々に話題を切り替えるべきだと判断した
「そ、それより凪お嬢様。そろそろ出発しなくては遅刻してしまいますよ」
「……一体何を慌てているのかしら?」
「メイドとして、お嬢様に遅刻などさせられませんから」
「……まぁいいわ。確かにそろそろいい時間だし。ほらリーナ、行くわよ」
凪も多少の違和感は感じている様子であったが、しかしそもそもからして大した興味もないのだろう。凪はそれ以上深堀りすることもなく、ただ淡々と歩き始めた。凪の鞄を手にした