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第12話

 厨房を後にした織羽おりはは、続いて庭園へとやってきていた。

 ただでさえ広大な敷地を持つ白凪館しろなかんだ。庭園部分もまた、馬鹿げた広さを持っている。


 そんな庭園の中心部。

 正門から正面玄関を結ぶ道のど真ん中で、一人のメイドが織羽おりはを待ち構えていた。


「彼女がこの庭の管理をしている、百合草です」


「ゆ、百合草椿姫ゆりくさつばきです。よ、よろしくお願いします……」


 花緒里かおりからの紹介を受け、 メイドとしては後輩である織羽おりはに対して、深々と礼を行う椿姫つばき

 緊張しているのか、或いは引っ込み思案な性格をしているのか。どこか不安そうな顔で新参の織羽おりはを見つめていた。


 身長は少なく見積もっても170cm以上。ともすれば180cmにも届くかもしれない。女性としては随分と高身長で、目を合わせようとすれば少し見上げる形となってしまう。椿姫つばきは長い黒髪を首の後ろでまとめ、背中の方へと垂らしていた。それに比例してか、随分とご立派な胸部装甲をお持ちである。すこし汚れたメイド服を見るに、つい先程までも庭仕事を行っていたのだろうか。外見はいろいろと大きいが、しかし内面は物静か。そんな印象を受ける女性であった。


「本日よりお世話になります、織羽おりはと申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」


「あ、いえ、そんな……こちらこそ、よろしくお願いしますぅ」


「姓名どちらも植物に関係しているなんて、素敵なお名前ですね」


「あ、あわわ……いえ、その、ありがとうございますっ」


 織羽おりはの言葉が予想外だったのか、再びお辞儀マシーンと化してペコペコしてしまう椿姫つばき。見た目に反し――――といえば少し失礼だろうか。ともあれ、椿姫つばきにはどこか小動物的な可愛さがあった。織羽おりはの中のSっ気がむくりと顔を覗かせる。


(うーん……多分この人、めちゃくちゃ面白い人だ)


 とはいえ、初対面でいきなりイジるわけにもいかない。

 織羽おりははそっと心の中で、椿姫つばきを『面白い人リスト』へと記録した。


 そうして恙無く挨拶を済ましたところで、再び花緒里かおりからの説明が入る。


「なにぶん広い庭ですから、手隙の際には助けてあげて下さい」


「はい、畏まり――――え? もしかして、椿姫つばきさん一人でこの庭を管理しているのですか?」


 織羽おりはが再び庭園を見渡す。とてもではないが、女性一人で管理出来る広さではない。


「あ、はい。そうですぅ……えへへ。こう見えて、植物関係の仕事には自信があるんですよぉ」


 そんな織羽おりはの疑問に、何故か照れくさそうな顔で椿姫つばきが肯定した。『仕事には自信がある』という言葉通り、確かに庭の手入れ自体は完璧だ。荒れているところは僅かにも見られず、枯れ葉や雑草のひとつすら見当たらない。樹木は綺麗に整えられ、文句なしに一級の庭園だと言えるだろう。だがしかし、そういう問題ではない。これほど見事な庭園を一人で維持するなど、探索者ほどの身体能力があっても難しいだろう。一般人であれば尚更、物理的に不可能だ。しかし、と笑う椿姫つばきの表情は、とても嘘をついているようには見えなかった。隣の花緒里かおりにしても至極真面目な顔をしている。


(……ま、いっか)


 一体何をどうすれば、このようなことが出来るのか。

 非常に興味は尽きないが、しかし織羽おりははそれ以上考えないようにした。これから先、彼女の仕事を手伝う機会も多々あることだろう。諸々の疑問も、恐らくはその時に解決されるハズである。


 「分かりました。是非、私もお手伝いさせていただければと思います」


 「わ、わぁい……ありがとうございますぅ。たすかりますぅ」


 椿姫つばきは性格的に精一杯の無理をしつつ、ぴょんぴょんと跳ねて喜びを露にする。なんとも可愛らしい仕草ではあるが、おかげで彼女の立派な一部が、それはもう大変な大暴れを見せている。もちろん織羽おりはにとってこれはただの仕事であり、かつ重要な任務でもある。下心などあろうはずもないが、しかし眼福のような目の毒のような、或いは申し訳ないような、なんとも複雑な気持ちであった。


(早いとこ慣れないとなぁ……この任務が終わったらボク、悟りを開くんだ)


 どこか遠くを見つめつつ、織羽おりはがそんな事を考えていた時だった。三人のすぐ近くから、なにやら大きな羽音が聞こえてきた。


「――おや?」


 何事かと見てみれば、そこには一匹の巨大なスズメバチの姿があった。どうというこもない、庭仕事にはありがちな一幕である。

 しかしこの庭の主たる椿姫つばきはといえば、悲鳴を上げながら花緒里かおりの背後へと素早く隠れてしまう。図体が大きいこともあってか、身体の大半がはみ出し放題であったが。まさに頭隠さず尻隠さずである。


「ひぇぇぇぇ……」


「このとおり、彼女は虫が苦手なんです」


 蜂が危険な虫だというのは確かにそうなのだが、しかし庭師としては致命的な弱点であった。


「む、虫はクソですぅ……私の大切なお花たちをむさぼり食う、最低最悪のクソどもなんですぅ……」


(おぉ……恐怖で言葉遣いが愉快なことになってる)


 織羽おりはとしてはもう暫く眺めておきたい、大変微笑ましい光景であった。そもそも虫と花は花粉媒介という、ある意味では互いに助け合う関係にある。決して『植物を貪り食うクソども』というわけではないのだが、しかしそれはそれ。虫とは、人によって好き嫌いの激しい生き物だ。椿姫つばきが苦手だというのであれば、排除してあげるのが優しさというものだろう。


 瞬間、織羽おりはの右手が掻き消える。

 否、僅かに動いたかと思った次の瞬間には、いつの間にかスズメバチをその指に摘んでいた。


「――――え?」


「わ、わぁ……凄い……」


 蜂を素手で摘むなど、本来であれば非常に危険な行為である。一般人であればすぐに指を刺され、あっという間に病院送りであろう。だがしかし、織羽おりはは一般人ではない。美少女メイドの皮を被った元探索者である。魔物でもなんでもない、ただの蜂の針などが通用するはずもなく。そうして手の中で必死に暴れるスズメバチを、織羽おりはは何事も無かったかのようにポイ捨てした。軽く放ったようにしか見えないその動作とは裏腹に、蜂はあっという間に見えなくなっていた。


「もう大丈夫ですよ」


織羽おりはさん、貴女……いえ、大丈夫なのですか?」


「はい。よく見ればただのミツバチでした」


 あんなデカいミツバチがいるか、と言いたいところではあったが、しかし花緒里かおりもハッキリと見ていた訳では無い。当の本人から自信満々に『ミツバチでした』と言われれば、『そうだったのかな?』と思えてしまう。


「お、織羽おりはさん凄いですぅ! わ、私の庭に救世主が降臨しましたぁ!」


「ふふ、お任せ下さい」


 不敵に笑う織羽おりはの姿が、 椿姫つばきにはこれ以上ないほどに頼もしく映っていた。庭木の剪定などといった仕事は専門の技術が必要だが、草刈り程度であれば誰でも出来る。これまで一人で庭の管理をしていた椿姫つばきだ。虫を恐れない織羽おりはは、それだけで即戦力だった。



        * * *




 そうして庭園での挨拶を終え、織羽おりは花緒里かおりが再び館の中へと戻ってくる。

 次は一体どんな面白メイドが見られるのかと、織羽おりはは好奇心を抑えるのに必死であった。


(次はどんなおもしろキャラが出てくるのかなぁ! あ、そういえば警備担当の人はまだだったよね。そろそろ『ルール無用の残虐ファイター』みたいなのが出てくる頃かな?)


 あれやこれやと想像を膨らませ、まだ見ぬ面白キャラへと思いを馳せる。そんな織羽おりはに対して、向き直った花緒里かおりが告げる。


「当館に務める使用人は以上となります」


「……え?」


 織羽おりはの期待も虚しく、どうやら先の二人に花緒里かおり織羽おりはを加えた、計四人のメイドで全てらしい。


「さて……それでは挨拶周りも終わったことですし、早速掃除の腕でも見せて頂きましょうか」


「はい……」


「……? 何故そんな悲しそうな顔をしているのですか?」


「いえ、なんでもありません……」


 花緒里かおりに連れられ、館内の廊下をトボトボと歩く織羽おりは。そんな悲しみの反動故か、織羽おりはは掃除仕事に於いても、その完璧具合を発揮してみせた。おかげで花緒里かおりからの評価は極めて高く、晴れて白凪館しろなかんでの居場所を確立することに成功したのであった。

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