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第11話

 凪の部屋を後にした織羽おりはが、次に案内されたのは厨房だった。

 厨房は白凪館しろなかんの一階、エントランスホールの右手側に位置している。食堂とは完全に独立しており、どこぞのレストランも斯くやといった配置となっていた。そんなレストランで織羽おりはを待ち受けていたのは、ここ白凪館しろなかんの厨房担当であった。


「いやぁー、久しぶりに新人が入るとは聞いてたけど……まさかこんな美人さんとはねぇ!」


 茶系のショートボブに、人懐っこい笑顔の女性。美人というよりは、どちらかというと可憐なタイプだ。背は随分と低めで、恐らくは150cmあるかどうか、といったところ。一方で、被っているコック帽はやたらと長い。この国ではコック帽の長さで地位を表したりしているが、その関係なのだろうか。この館のコックは彼女一人であり、地位もへったくれもないのだが。

 声も溌剌としており、言葉遣いからも親しみやすい印象を受ける。『美人』と言われて喜ぶべきか悲しむべきか、織羽おりはからすればなんとも複雑な気持ちではあった。


 「織羽おりはさん、こちらが厨房担当の鳥海とりうみです」


 「おっすおっす! 只今ご紹介に預かりました、鳥海亜音とりうみあのんです! ちなみに父がフランス人で、母はトルコ人です! まさに料理をするために生まれてきたような、料理界のサラブレッドです! これからよろしくお願いしまっす!」


 花緒里かおりの紹介を受け、亜音あのんと名乗る少女は矢継ぎ早に語り始める。


「今日からこちらでお世話になります、織羽おりはと申します――――凄いですね。あとは中国要素があれば、一人で世界三大料理を網羅出来ちゃいますよ」


「でしょでしょ!? ちなみに今の全部嘘で、ホントはふっつーの日本人でっす! オナシャス!」


 嘘だった。

 織羽おりはの感動はどこへやら、どうやら死ぬほど面倒くさい女性らしい。織羽おりはがこれまで出会ってきた人物で言えば、タイプ的に星輝姫てぃあらが近いだろうか。親しみやすいが、しかし真面目に対応すると酷く疲れる。憎めないがどこか鬱陶しい。そういうタイプの女性であった。歳は織羽おりはよりも少し上、恐らくは20代前半……といったところだろうか。その可愛らしい童顔と低めの身長が手伝って、一見しただけではどうにもハッキリとしない。


「それで!? オリオリは料理出来るの!?」


「一通り習得しています。私に手伝えることがあれば、なんなりとお申し付け下さ――――オリオリ?」


 織羽おりはに与えられる仕事は、凪の学園生活のサポート――表向きの話ではあるが――である。

 つまりは外での仕事が主であり、凪がこの館にいる間は特に仕事がないのだ。しかしメイドとして雇われている以上、家の中でゴロゴロとしているのは当然ながら宜しくない。そう考えた織羽おりはが自ら名乗り出て、ならばと花緒里かおりが与えた仕事。それが各担当部署でのサポート役であった。手の足りないところや手助けを必要としている部署の穴埋め、要するに遊撃要員である。とはいえ、今でも館内の仕事は十分に回っている。恐らくではあるが、基本的には館内の掃除をすることになるだろう。


「じゃあさ! 今から軽く、何か作ってみてよ! 花緒里かおりさん、いいよね?」


「そうですね。私も織羽おりはさんの能力は把握しておきたいですし、是非お願いします」


「やったぜ! あ、食材はあっちね。何でも好きなの使っていいから!」


 織羽おりはが何かを言う暇もなく、気がつけば料理の腕を披露することになっていた。とはいえこれは、織羽おりはにとってもよい機会だ。自らの能力を誇示するつもりはないが、ある程度『やれる』というところは見せておかねばならない。叩き出される心配は既になさそうだが、これからのメイド生活を円滑に進めるためには必要なことだった。


「わかりました。そうですね……何を作りましょうか」


 そうなると、やはり問題は『何を作るか』である。

 織羽おりはは料理担当ではないし、そもそもこれは本格的な試験というわけでもない。馬鹿正直に凝った料理を作れば、逆に要領の悪いメイドだと思われかねないだろう。そうして少しの逡巡の後、織羽おりはが選んだのはパスタであった。必要な食材を見繕い、テキパキと行動を始める織羽おりは。その様子を見ていた花緒里かおり亜音あのんが、感心したような声を上げた。


「成程、パスタですか」


「あーね? 時間もかからないし、いいチョイスだね!」


 パスタは一般的に、比較的簡単に作れる料理と思われがちだ。しかしその実、料理人の腕が問われる料理としても知られている。

 例えばペペロンチーノ。無論アレンジ次第ではあるが、主に使用されるのは唐辛子とにんにく、あとはオリーブオイルくらいのものである。パスタの茹で時間や塩加減など、シンプルな料理であるが故に、より腕が問われる料理だといえるだろう。


 とはいえ、まさかこんな昼間からにんにく料理を作るわけにもいかない。そんなわけで、今回織羽おりはが選んだのはカルボナーラであった。

 基本的な話ではあるが、卵料理全般がそもそも難しい。その上で更に、時間を最重要視されるパスタ料理だ。美味しく作るには長年の経験と腕が問われる、まさに今回の簡易試験にぴったりの料理だといえるだろう。


 流石というべきか、用意されていた食材はどれもが最高級のものであった。多少でも料理に覚えのあるものが使えば、それこそ食材の味だけでゴリ押せてしまうほどに。だが今回織羽おりはの料理を審査をするのは、そこらの一般人ではない。謂わばその道のプロ達であり、生半なまなかなものを作れば即座に失格を言い渡されることだろう。


 無言で調理を続ける織羽おりはと、それを見守る花緒里かおり亜音あのん亜音あのんもやはり料理人ということなのだろう。先程までウザめだった言動は鳴りを潜め、酷く真剣な眼差しで織羽おりはの一挙手一投足を見つめている。厨房内に会話はなく、ただただ調理器具の奏でる音だけが響いていた。


 そうして凡そ20分ほど。織羽おりはが二人の前に、今しがた完成したカルボナーラを二皿に分けて差し出した。


「出来ました」


「うーん、合格!!」


 まだ食してもいないというのに、織羽おりは亜音あのんから合格を言い渡されていた。


「……まだ食べてませんよね?」


「食べなくても分かるよ、間違いなく美味しい。いや、もちろんちゃんと食べるけどね。調理過程を見ただけでも、十分合格ラインに届いてるってこと」


 ふざけた様子など微塵も見せず、織羽おりはの作ったパスタをじっと見つめる。次いで織羽おりはに向かい、真剣な眼差しでそう告げる亜音あのん。そうしてゆっくりと、パスタを口へと運ぶ。隣の花緒里かおりはといえば、どこか驚いたような表情でそれを見つめていた。


「……珍しいですね。亜音あのんはこう見えて、料理に関してだけは異常に厳しいのですが……では、私も頂きます」


 花緒里かおりもまたパスタを口に運ぶ。直後に目を見開き、やはり驚きの表情を見せる。


「ん――――! んまい! 凄いねオリオリ、もしかして有名な料理人の弟子だったりするのかな?」


「いえ、特にそういう訳では……ただ、メイド業務全般の先生はいましたね」


 織羽おりはが思い出すのは、もちろん例の『先生』だ。凡そ半年間に渡って行われた、超スパルタのメイド修行。先生が一体何者だったのかは今でも謎だが、少なくともアレのおかげで、現在の完璧メイド織羽おりはは完成したのだ。無論、先生の教えを余さず習得した織羽おりはも大概ではあるが。そういった裏事情を知らない亜音あのんは、ただただ織羽おりはの腕前に感心するばかりであった。


「そっか。只者じゃないねオリオリ。コレ、ちょっと教わっただけで出せる味じゃないよ。下手すると私より上かも」


「同意見です。これなら問題ないでしょう」


「うんうん、これなら毎日でも手伝って欲しいね!」


 少々褒められ過ぎな気もしたが、さりとて嫌な気分になるものではない。織羽おりはは有り難く、二人からの言葉を頂戴しておくことにした。


「ありがとうございます」


 こうして織羽おりはは、少なくともひとつ、掃除以外の仕事を獲得したのであった。

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