加減はしたつもりだが、しかし相手が思いの外脆かった。まさか死んではいないと思うが――――。そう
「あ、逃げた」
意識を失った仲間を助けるでもなく、残ったチンピラ探索者達は踵を返して駆け出した。
こんなところで狼藉を働くチンピラ集団だ、どうせ逆上して向かってくることだろう。
だが、男達が選択したのは逃走。意外と言えば意外なその反応に、
「お怪我は御座いませんか?」
「あ、ありがとうございます」
ひとまずの危機は去ったということで、
「いえ。そちらの方も、大した怪我はないようですね」
「あ――――ルーカス、大丈夫ですか!?」
忘れていたというわけではないだろうが、少女が慌てた様子で、自らの従者へと声をかける。苦しそうに顔を顰めてはいるものの、意識は既に戻っている。
そうして少女と、その護衛であろう男の無事を確認し、
「
「え、あ、あの――――」
「では、私はこれで」
「ちょっ、待ってくださ――――」
言うが早いか、
それに
「はぁ……初日から随分と忙しいことで」
* * *
華美ではないが、しかし高級品であることが一目で分かる調度品の数々。真っ赤な絨毯、ふかふかのソファ。テーブルの上にはスリーティアーズ――――アフタヌーンティーに使用される、三段スタンドのことだ――――と、そしていくつかの洋菓子が並んでおり、まるで自分が選ばれるのを待ちわびているかのようであった。そんな中からひとつ、ちいさなマカロンを手に取りながら、興奮した様子で話す少女が一人。少し癖のある美しい金髪が、窓から入った風に乗ってふわりと靡く。
「ということがあったんです!」
金髪の少女――リーナ・ユスティーナ・エルヴァスティは、凡そ貴族らしからぬ様子で声を大にする。しかし正面から返ってきたのは、なんとも淡白な一言だった。
「へぇ……それは災難だったわね。ご愁傷さま」
腰元まで伸びる髪は烏の濡羽色。対面に座る少女の金髪が対比となり、それはいっそ幻想的な程で。
少し吊り目がちで鋭い印象を受けるが、しかし美しく切れ長の瞳。先のセリフをそのまま色にしたかのような、深い紫紺の輝き。
「大変だったんですよ、本当に」
「もちろん、九奈白家の人間として貴女には申し訳なく思っているわ。この街で起きたことだもの」
「あ、いえ。すみません、別に責めたいわけじゃないんです。ああいった輩はどこにでもいますし、それに私の判断も良くありませんでした……ただ、そこらのゴロツキの方々ですらあんなに強いだなんて、思っていなかったんです……」
探索者の実力は、見た目からでは分かりづらい。彼らは筋肉量や背格好からは測れない、ある種の特別な力を持っているからだ。だがそれでも、護衛が居れば問題ないとリーナは思っていたのだ。それがまさか、ただのチンピラがあれほどまでに強いとは。あまつさえ、自慢の護衛であるルーカスが敗北するだなんて。自らの油断と判断ミス。一度にふたつも失敗してしまったリーナは、軽い自己嫌悪に陥っていた。
「付き人を変えたら?」
そこらの不良に負けたというのなら、それは護衛役の力が不足していた所為ではないのか。黒髪の少女が口にした言葉は、嫌味などでは無論なく、ただの現実的な提案のつもりであった。
とはいえ、だ。黒髪の少女はそう言うが、しかし実際にルーカスは強い。探索者としての順位が四桁台だというのは、十分過ぎる程に上澄みだ。ただ今回はたまたま、本当に運が悪かっただけなのだ。ルーカスと同じ四桁台の実力を持っておきながら不良をしている者など、探したところでそう見つかるものではないのだから。
「なんてこと言うんですか! 駄目ですよ! ルーカスはちゃんと強いんですよ!? それに彼は、私にとって兄のような、それこそ家族同然の存在なんです!」
「ふぅん……私にはよく分からない感覚だわ。従者は従者。それ以上でもそれ以下でもない。あまり信用すると、いつか痛い目を見るわよ」
馬鹿にした、という訳でも無いのだろうが。黒髪の少女は特別興味もなさそうに、しかし妙に意味深な台詞を吐き出した。まるでどこかで見てきた、或いは、どこかで経験したことがあるかのような、そんな台詞だった。ドライというべきか、冷酷とでもいうべきか。当然ながらリーナは反論する。
「そんなことないですよ。信頼出来る従者というのは、何ものにも代えがたい大切なパートナーです」
そう言うとリーナは、この場には居ない、恐らくは真面目に部屋の前で待機しているであろう、家族同然のパートナーへと感謝する。日頃から至らない部分の多い自分を、彼は身を挺し守ってくれているのだ。感謝こそすれ、信頼が揺らぐなどという事はあり得ない。
「そうは言うけれど、貴女も寮に入るのでしょう? だったらどの道、護衛の彼は一緒に居られないわよ?」
「あ、それは大丈夫です。学内ではメイドのマリカが付いてくれますから。ちなみにマリカは、ルーカスの妹なんですよ」
「そ。それならいいのだけれど」
「学外に出るときは、今まで通りルーカスが付いてくれます。だから絶対に変えません!」
可愛らしく頬を膨らませながら、リーナは新たな菓子を手に取り、そのまま頬張った。マナーとしては些か不適切ではあるが、ここには気心の知れた二人しか居ないのだ。誰の目を憚ることもない。
「別に否定がしたいわけじゃないわ。ただ少し――そう、私からリーナへの、ちょっとした老婆心のようなものよ」
「老婆心って……でも信頼出来る従者を見つければ、きっと凪さんにも私の気持ちが分かりますよ」
どこか寂しそうな眼差しのリーナ。彼女の言葉は、対面に座る少女を慮ってのものだ。紛れもなく彼女の本心であり、出来れば
「無理ね。私はそういうの、随分昔にやめてしまったから」