とある別荘地にある、とある邸宅にて。
数ヶ月にわたる教育課程を終え、
「
「はい」
「この数カ月間で私は、私の持てる全ての技術を貴方に伝えました」
「はい」
「貴女を誇りに思います。貴女はもうどこに出しても恥ずかしくない、一人前のメイドです」
「先生……」
この数ヶ月間で行われたメイド修行は、それはそれは厳しいものであった。『下地がある』などと呑気に考えていた頃が、今となっては懐かしくさえあった。
今回の任務に於けるメイド業は、通常のそれとは大きく異なる。料理だけをしていれば良い訳ではない。掃除だけをしていれば良いわけでもない。学園生活に係る全ての事が、
幾度となく繰り返した掃除。何度も作り直しとなった料理。数々の叱責に、少しの賛辞。そうしたこれまでの全てが、二人の関係を『師弟』から『戦友』へと変化させたのだ。晴れて一人前となった
「この黒リボンを貴女に。辛いことがあったときは、この数カ月間を思い出しなさい」
「うぅっ……うぐぅ」
「立派に務めを果たしなさい」
「先生っ……今日まで本当に……本当にありがとうございましたっ!」
ひしと抱き合う、
そんな二人を遠目から眺める、ふたつの視線があった。ひとつは、教育課程が終了したと連絡を受け、
「ブフッ……プッ、ククク……あははははは! ちょ、なんあれ! オリ何してんの! あはははは!」
「なんでも、『先生のメイド道に甚く感心した』そうです」
「だはははは! バカじゃん! あんなに嫌がってたクセに? ってか目的変わってるし! ヤバいお腹痛い、どうしよ……くくっ」
暫く見ない間にすっかりとメイドに染まった
「あ、どうやら終わったみたいですね。帰りますよ
「りょ。いやー笑った笑ったぁー……ンフッ」
なおその後、職場の一室を使って『メイド力試験』なる怪しいイベントが開催された。もちろん、
* * *
それから更に数週間後。
初めの頃とは似ても似つかぬ、ぴしりと着こなされたメイド服。ズレぬようガッチリと固められた銀髪のウィッグ。迷宮情報調査室の室内には、大きなアンティーク調のキャリーケースを携えた
「じゃあ、行ってくる」
「おう。一応こっちでも動向は監視しておくつもりだが、定時連絡は忘れんなよ?」
「分かってるよ」
酷くあっさりとした、短いやりとり。だが、これがいつもの二人。なんだかんだと揉めることも多い二人だが、そこにはちゃんと信頼がある。実力も、才能も、性格も。そしてなにより、それぞれの持つ信念を。何を求め、何を恐れ、何を
そうして
「間に合ったー! ほいコレ、オリにプレゼントだぜぇ」
そう言って
「これは?」
「盗聴器と発信機だよん。あると便利っしょ?」
「わぁいありがとぉ」
プレゼントと言うからには、任務に赴く自分への、なにかご褒美のようなものだと思っていた。だがそこはやはり同僚というべきか。そうそう素直に褒美などくれるはずもなく。
「にしても……やっぱ美人すぎるって! ここまでくると、流石のあたしもジェラシー感じるぜぇ」
「でしょ?」
「うぉ……なんかその余裕ムカつくんだけど!」
「あっはっは、大丈夫。
「うぜぇー」
先生とのメイド修行で、最も大きく変わった部分はここだろうか。当初は嫌々していた女装だ。当然ながら
「いってらっしゃい、
「いってきます、
隆臣ほどではないが、
そうして
「大丈夫でしょうか」
「心配いらねーだろ。あれならバレねーよ」
「いえ、そうではなく――――護衛の件です。今でこそ、任務には前向きな様子を見せていましたが……」
「それこそ要らん心配だろ。なんだかんだと言っても、結局アイツは最後までやるさ」
そう言いつつ、室内に
「お前も知ってるだろ。誰も救えなかった。誰も守れなかった。俺もアイツも。だから今もこうして、未練がましくこんな仕事をやってる」
煙草を燻らせながら、隆臣が遠い目をしながら窓の外を見る。丁度外に出た
「……ん? オイ
「あら……まぁ、今回は必要ないでしょうが……一応、後で届けておきます」
そう言って
カードの中央には真っ白な文字で、ただ『Ⅰ』とだけ記されていた。