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第4話

 織羽おりはされてから、凡そ一時間が経過していた。


「……もしかすると我々は、とんでもないものを生み出してしまったのかもしれません」


「あははははは! やば、美少女すぎてウケんだけど! ちょいちょい、コレも被ってみ?」


「……確かにこれを見込んでの任務ではありましたが……逆に目立つのでは?」


「いやいや! 折角なんだし、思いきり美人にしたほうが良いって! いやー、実は前々からオリには女装して欲しかったんよねー。やっぱりあたしの目に狂いは……ブフッ! あははははは! マジでヤバいってコレ! ぶっちゃけあたしはイケる」


 何故か既に用意されていたメイド服へと、半ば強制的に着替えさせられ。

 現在織羽おりはは、二人の同僚から好き放題に弄くり回されていた。


 一人はもちろん、ここまで織羽おりはを連行してきたひそかである。そしてその隣、先ほどからゲラゲラと笑っているのは星川ほしかわ星輝姫てぃあらという少女だ。ドギツい金髪にピンクのインナーカラー、肌は浅い小麦色。着崩した制服に、少し動いただけで下着が見えそうな短いスカート。ピアスやネックレスといった数々のアクセサリー。どう好意的に解釈したところで、凡そこのような場所には似つかわしくないであろうギャルである。彼女はひそかの部下であり、織羽おりはの同僚であり、そしてまさかの情報セキュリティCISO担当でもあった。人は見かけに依らないなどとは言うが、それにしても派手すぎる容姿である。


 織羽おりはひそかに連行されていたところ、たまたま通りがかった彼女に、運悪く見つかってしまったのだ。以前より『女装が似合いそう』などと言って、織羽おりはに目をつけていたティアラだ。彼女に見つかった以上、もはや織羽おりはにはどうすることも出来なかった。そうして気がつけば、織羽おりはの装いはすっかりと完成されていた。まだ鏡を見ていないため、織羽おりはには現在の自分がどうなっているのかが分からない。だが二人の反応を見るに、どうやらそれなりに違和感のない仕上がりとなっているらしい。


「いやいやいや。ちょっと着替えて化粧しただけで、ボクの男らしさが隠せるワケないでしょ」


「ほい鏡」


 そうしてティアラから手鏡を渡された織羽おりはは、恐る恐るそれを覗き込む。

 プラチナブロンドのウィッグを被った、どえらい美人のメイドさんが、そこに居た。




        * * *




「ぶはははははは!!」


「このオッサンぶっ飛ばしていいですか?」


 戻ってきた織羽おりはを見るなり、隆臣は今年一番の笑い声を上げた。無論、隆臣とてある程度の予想はしていた。本人は否定するが、しかし織羽おりはは美人である。女装が似合うであろうことは、最初から分かっていたのだ。だからこそ彼に白羽の矢が立ったわけで、そうでなければ、この任務は始まる前から失敗だった。だがそんな隆臣の予想を、織羽おりはは大きく裏切った。それも良い方に、だ。


 羞花閉月、と呼んで差し支えないだろう。

 きりっとした柳眉に、切れ長の瞳。少し気の強そうな印象は受けるが、しかしふんわりとした優しい色のチークが、どこか優しげな印象を与える。元々整った顔をしていたが、薄く化粧をしたことでそれらがより引き立てられていた。元の黒髪はウィッグによって完全に隠されており、たとえ織羽おりはのことをよく知る人物であっても、初見ではそれと気付かないことだろう。ノリノリで参加してきた星輝姫てぃあらの手腕は流石のものであった。織羽おりはにとって、それが良い事であったのかは微妙なところではあるが。


 また、着せられたメイド服も特別製であった。

 一見すればシンプルでありながらも、しかし細部の意匠にはこだわりが見て取れる。男性としては少し身長が低めな部類の織羽おりはだが、それはつまり女性としては高めということ。ロングスカートと相まってか、スタイルが非常に良く見える。ひそか曰く、とある有名デザイナーに依頼して作られた一点もののメイド服だそうだ。織羽おりはにとっては、酷くどうでもよいことではあったが。事此処に至り、織羽おりはは全てを諦め受け入れていた。


「胸にはスライム製のパッドを入れてあります。仮に揉まれたとしても、そうそうバレることはないでしょう」


 なんとも情けない補足情報である。


「ぶはははははは!!」


「なぜ笑うんだい? ボクの女装は立派だよ?」


 そう呟きつつ、いよいよ織羽おりはは隆臣をボコボコにした。えらく美人の銀髪メイドが、筋骨隆々の厳ついオッサンを無心で殴り続ける図。傍からみたそれは、この上なくシュールな絵面であったという。今回ばかりは自業自得ということなのだろうか。流石のひそかも、織羽おりはを止めることはしなかった。


 そうして暫くの後。漸く話は次へと進んだ。


「んじゃあ織羽おりははこれから入学までの間、メイドとしての礼儀作法と、あと仕事を覚えるように。つっても下地はあるし、大した問題でもねぇだろ。あー痛え」


「りょーかい。気は進まないけど、任務なら仕方ない」


 織羽おりはが要人の護衛を行うのは、何もこれが初めての事ではない。中には身分の高い者や、それこそ海外から来た貴族が相手だったこともある。加えて、に潜入したこともある。そうした者達と接する機会は、この仕事をしていれば度々訪れる。故に織羽おりはは、最低限の礼儀作法を習得済みなのだ。隆臣の言う『下地がある』とは、つまりそういう意味だ。


 とはいえ、メイドとしての業務はまた別の話である。

 一口にメイドと言っても、実際にはいくつかの種類に分かれている。今回の任務は、ヴィクトリア朝時代で言うところのレディースメイドにあたるだろうか。そもそも本当のメイドではない上に、本命の任務は護衛であるため、種類も何もあったものではないのだが。何れにせよ、怪しまれない程度にはメイド仕事に通じておく必要がある。隆臣は『大した問題ではない』と言うが、しかしそれなりに大変な準備期間となるだろう。おまけに、最大で三年間も任務が続くのだ。それを思えばこそ、やる気満々というわけにはどうしてもいかない織羽おりはであった。


「では早速、明日からレッスンを始めましょう。今回はメイド業の事もありますので、専門の先生にお願いすることとなります」


「はーい」


「そうそう、分かっているとは思いますが……普段からメイドに慣れておかなければ、いずれボロが出てしまいます。ですので今日からは、基本的にその姿のままで生活して下さいね」


「なんて?」


「あと、言葉遣いも直して下さい。一人称は『私』でいきましょう」


「もしもーし?」


 織羽おりはの言葉が聞こえていないのか、或いは無視しているのか。淡々とした様子で、当然の様にそう告げるひそか。彼女の口から伝えられる衝撃の事実は尚も止まらず、遂には織羽おりはが無意識の内に考えないようにしていた、とある話題へと突入した。


「衣服も含めた装備品は、後日支給します。 また、下着類もこちらで用意します。着方については、後ほど詳しく教えて差し上げますね」


「何ちょっと嬉しそうにしてるんです? マジで最悪なんだけど?」


 この職場に来てから数年、依頼を引き受けてしまったことを初めて後悔していた。げんなりとした様子で脚を組み、その上に頬杖を突き、そうしてソファの上で悪態を吐いてみせる織羽おりは。本来であれば、或いは同情も得られたことだろう。しかしメイド装備状態の彼は、ただ物憂げにしている美少女にしか見えなかったという。少々足癖の悪そうな美少女ではあったが。






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