如何に『治安の良い都市』を謳おうとも、犯罪や争いをなくす事など出来はしない。それを証明するかのように、薄暗い路地裏に悲鳴が響いていた。
喧嘩か、それとも誘拐であろうか。何れにせよ、こういった時に聞こえてくるのは少女の悲鳴だと相場が決まっている。お約束と言い換えてもいい。
だが、どうにも様子がおかしい。
飛び交うのは戦々恐々とした野太い声。誰がどう聞いても男の声だ。悲鳴には違いないが、これではお約束とは言い難い。
「なんだよ、どうなってんだよ!」
「ふざけんな! 化け物じゃねぇかよ!」
「クソっ! いいからさっさと走れ!」
口々に焦燥を露にする男達。額に伝う汗が、彼らの心情を表しているようで。一目で屈強だと分かる風貌の彼らであったが、しかし今は一回りほど小さく見えた。それほどまでに、男達は『何か』に怯えていた。
「待て! 後ろのヤツらが居ねぇ!」
男のうちの一人が叫ぶ。
釣られるように背後を振り返れば、いつの間にか仲間の数が減っていた。
「やられたのか!?」
「バカな!? 四桁台だぞ!? 早すぎる!」
信じられない、とでも言いたげな表情の男達。何がそんなに不思議なのだろうか。入り組んだ路地裏の中、先程までは必死に足を動かしていたというのに、いつしか男達は足を止めてしまっていた。これまでいくつもの悪事に手を染めてきた男達だが、今は得体の知れない恐怖を感じていた。四桁台の仲間があっさりと消されたのだ。事此処に至り、彼らは本能的に悟った。捕食者の前に立つという事は、きっとこんな気分なのだろう。
「クソ……畜生!! 何だよ……一体何なんだよ!?
そう叫んだところで、助けなど来るはずもない。人目につかない路地裏を選んだのは、彼ら自身なのだから。
そのとき、男達へと声をかける者がいた。声の出どころは前方――――つまり、先程まで男達が逃げていた方からだ。
「あ、逃げるの終わりです? もうボコしていいですか?」
どこか緊張感に欠ける、酷く落ち着き払った声色。それは少し高めの、ともすれば可愛らしいともとれる声であった。言わずもがな、この薄暗い路地裏には不釣り合いだ。しかしそうでありながら、数々の荒事を経験してきた男達の心胆を寒からしめる。とはいえ男達にも、酷く安いとはいえプライドがあった。こんな、見るからに弱そうなただのメイドに計画を阻まれたとあっては。
「では皆さん、本日はお疲れさまでした」
そんな男達の思いなど露知らず。目の前のメイドが恭しく一礼してみせる。洗練された所作が、まるで淀みのない声が。その全てが、男達の神経を逆撫でする。そうして逆上した頭は、これまでの出来事全てを忘れてしまう。仲間の『四桁台』とやらが、僅かな時間すら稼げなかったことを。
「ッ……ざけんなッ! テメェみてぇなメスガキに――――」
未知の恐怖に震える足を、男は叱咤する。
そうして一歩を踏み出した瞬間、男の世界はぐるりと回転した。視界に映るのは路地裏の
「誰がメスガキですか、失礼な」
忌々しそうなメイドの声が、聞こえたような気がした。
「私は――――ボクは男だよ」