公立
受験に落ちた私が通うことになった中学校だ。
桜が左右に立ち並び、空をおおっている。
コンクリートの道路が散った花びらで埋まっていた。
車が通るたびに巻き上がる。
息を深く吸いこめば、微かに優しい香りが鼻をくすぐる。
そういえば、受験した私立中学の方にはこんな桜なんかなかった。
そう思うと、むしろ落ちてよかったんじゃないか。
こっちの中学の方が家から近いし。小学校からの友達や知り合いもいるし──……。
そう考えてセーラー服を正す。
桜のトンネルに向けて一歩を踏み出した時だった。
「あれ、真衣? 真衣じゃない!」
このハツラツとした甲高い声は。
「理恵、ちゃん」
小学校の頃から、アニメや漫画の話で盛り上がったわたしの友達。
「やっぱりっ! え、そのセーラー服ってことは水原中? あれ、受験は?」
そこまで言った瞬間「あっ……」と理恵ちゃんはすぐに察したらしい。私の手を離し、口元を手でおおった。
「……ごめん、その」
「いいよ、理恵ちゃんが謝ることじゃないし」
申し訳なさそうに頭を垂れる理恵ちゃん。私は首を小さく振った。
「アタシ、いつもこうなんだよね。余計なこと言って、その場の空気を乱しちゃって……。こんなんだから、真衣以外、友達いなくってさ」
理恵ちゃんは「たはは」と笑いながら頭の後ろに手を当てた。
「……明日からいっしょに学校いこ、理恵ちゃん」
手を伸ばすと、理恵ちゃんの表情がみるみるうちに明るくなった。
「っ! も、もうしょうがないわね! 特別なんだからね! そういえばさ、今期から始まったアニメ観た? 被ってるのいくつもあってリアタイ難しくてさ~」
「分かるよ。でも実は、私もこれからもっと塾が忙しくなりそうで、一緒に鑑賞会とかはしにくくなるかも……」
「え~っ! ちょっとマジで? 受験終わったんだからゆっくりさせてあげればいいのに! 真衣のお母さん厳しすぎ!」
「あ、あははは……」
私はむしろ、理恵ちゃんみたいに思ったことをすぐに言える性格はうらやましい。
私もそうなら、お母さんに面と向かって言いたいことを言えるのにな。
三
「ねぇ、真衣。この中学校に変なウワサあるの知ってる?」
中学校の生活が始まって一週間が経ったころ。
理恵ちゃんといっしょにお昼ごはんのお弁当をつついている時だった。
理恵ちゃんがタコさんウインナーを口に放り込みながら、私の方を見てそう言った。
「う、ウワサ?」
「そうよ。放課後、誰もいないはずの校舎裏から、なぞの音楽が聞こえてくると思ったら変な動きをする影が現れるって……」
おはしを置いて、オバケのような手の形を作ってくる理恵ちゃん。
申しわけないけど理恵ちゃんは可愛いからちっとも怖くない。
でも、そっかぁ、オバケかぁ。
「学校の七不思議とかに数えられそうだね」
「あー、小学校にもあったわね。増える階段、音楽室のベートーベン、歩く人体模型とか」
「全部見たことないけど」
「それもそうね。どこの学校にもありそうな怪談だったけど、結局誰も見たって子はいなかったわ。でも、今回は違うわよ」
だけど、その放課後の影は実際に見たっていう子が何人もいるらしい。
「アンタなんかボケーッとしてるんだから、放課後の影にパクっと食べられちゃうかも」
「やだ、やめてよ」
クスクスと二人で笑い合う。
それにしても、どうして理恵ちゃんは放課後の怪談をこんなに押してくるんだろう。
まるで、怖いでしょ、と押し付けてくるような。
「……あ、ひょっとして、理恵ちゃん、そのオバケが怖いの?」
「はぁん!?」
すごい顔で睨んできた。昔見た時代劇の悪い人みたい。
「べ、べべべ別にそんなワケないじゃない! だだだ誰にそんなクチ利いてんのよ!」
理恵ちゃんがものすごく慌てながら私の肩を揺さぶってくる。メガネが飛びそう。
「アタシはちっとも怖くないけど、念のために、身の安全のために! 今日は早く帰ろうかしら! あーあ、どんなオバケか見てやろうと思ったんだけどなーっ!」
とんでもない速さでお弁当を片付け、そそくさと自分の席に戻っていく理恵ちゃん。
席に着くやいなや突っ伏してしまった。
周囲でひそひそと話すクラスメイトの声が聞こえたのか、ガバリと起き上がって「なによ、文句あんの!?」と周りに当たり散らしていた。
ほおづえをついて桜の花びらが舞う外を眺め始めた。
私はそんな理恵ちゃんに苦笑いしながら、まだ残っているお弁当のハンバーグを食べつつ考える。
そっかぁ、そんなオバケさんがいるのか。
同じウワサがいくつも聞こえてくるあたり、信ぴょう性は高いみたい。それに何か悪さをするワケでもないらしい。
「……このまま帰っても、また塾に行くだけだし」
そこで、どうして私の好奇心はうずいてしまったのか。
いつもなら寄り道なんかせずにまっすぐ帰って、お母さんの言う通り立派な大人になるべく塾へ行って勉強をしているはずだ。
それを繰り返す毎日だったはずだ。
心当たりがあると言えば、きっと、同じ内容を繰り返すだけの毎日にどこか刺激がほしかったのだろう。
今までに読んだ本や漫画でおもしろいと思える話は、色んな展開があった。波があった。
それに比べて、私の毎日は──つまらなかった。
だから、少しでも、『何か』を見出したいと、心の奥底で思っていたのかもしれない。
その『何か』は、自分でもよく分からないけど。
だから私は、放課後、ウワサのオバケさんを一目見ようとしてしまったのだろう。