「お〜〜い! 見つかったかぁ〜〜?」
引率の現代文教師・
オレは後ろを振り向こうとしたけど、王路がぎゅうぎゅう抱きしめてくるので、振り返ることが出来ない。
「お、王路……後でちゃんと説明するし、謝るからさ。ほら、鮴岳も迫ってきてるし! だから、離せってぇ〜〜!」
「嫌だ」
――そーですか、嫌ですか。
悪い! 王路! オレはまだ、ホモ扱いされる勇気がない!!
オレは、王路の腹に肘鉄を食らわせた。「グッ!」と、王路が呻いて前かがみになった隙に、王路の広い背中に飛び乗った。
「わりぃ! 王路! オレ、左足怪我しちまって歩けねーの。おんぶしてくれ!」
王路は腹を擦りながら、「分かった」と言った。――ふぅ! これで一安心だぜ! 涙も泣き声も雨で隠せたし、鮴岳にホモォなところを見られる事もなかった!
オレ達のところまで追いついてきた鮴岳は、オシャレなデザインのカッパ姿でヘッドライトをつけていた。――その装備、完全に登山する人の格好ですよね?
「おお! よかった。見つかったか!」
1000ルーメン以上はありそうなヘッドライトをこっちに向けながら、鮴岳は豪雨の雨音に勝る声で喋る。――ちょっ、まぶしっ! てか、なんで体育教師にならなかったの?
オレは鮴岳に簡単な質問をされて、誤って滑り落ちたこと、左足首を怪我したことを説明した。すると鮴岳は「それだけで済んでよかった」と長いため息を吐いて、キッと鋭い視線を王路に向けた。
「王路。気が急く気持ちは分かるが、二次被害が起こる可能性もあった。もう二度と、今回みたいな単独行動は避けるんだぞ!」
「……ッス」
――あ。これ、絶対に分かってないやつだわ。
仕方ねえ。山で遭難したらどれだけ怖くて大変かってことを、後でオレが直々に教えてやるか! と考えていると、鮴岳と王路は来た道を戻り始めた。オレは王路におぶられたまま、反対方向に行けば通路があったのか! と衝撃を受けていた。自ら進んで遭難しに行くところだった。早々に見つけてくれた二人には、感謝の気持ちしかない。
まだ雨脚は弱ってないし、左足首はクソ痛いけど、薄いカッパ越しに伝わってくる王路の体温で眠くなってしまった。
「……なあ、王路」
「なんだ」
「オレ、疲れちった。ちょっとだけ寝ててもいいか?」
「……好きにしろ」
こんな時によく眠れるな、とでも思ったのか、王路はため息をついてオレを背負い直した。
「オレにしっかり掴まってから寝ろよ」
「おう。サンキュ」
オレは王路の規則正しい心臓の音を聞きながら、ウトウトと眠りについたのだった。
――雨の音に混じって、姫川の静かな寝息が聞こえてきた。
「……この状況で寝るとか。マジ、どんだけ神経図太いんだよ」
俺は、姫川を背負い直しながら呟いた。そして思い出す。自分の声も、手も届かず、山の斜面を滑り落ちていく姫川の姿を。
……カレー係に任命されていた俺は、鬱陶しい女子共に囲まれながら、淡々と野菜を切っていた。すると、視界の端に姫川の姿が映った気がして、咄嗟に顔を上げた。その時にはもう、姫川は走り出していて、背中しか見えなかった。
俺は姫川が消えていった方角を見つめたまま、エプロンを脱いで女子の一人に押し付け、すぐに姫川を追いかけた。
――もしかして、ヤキモチを妬いてくれたのか?
姫川の表情は見えなかったが、俺に声も掛けずに走り去ったことを考えると、予想は的中している気がした。
俺はゲイではないが、姫川のことが好きだ。男とか女とか関係ない。姫川環という一人の人間に恋をしていた。いつ恋に落ちたのか、何がきっかけだったのかは分からない。だけど、キスやセックスをしたいと思った相手は、姫川だった。
姫川を好きだと気づいても、俺は悩むことなど一切なく、ただどうすれば姫川と付き合うことができるかということばかり考えていた。――多分、元々、男とか女とか常識にとらわれないタイプだったんだと思う。だから葛藤することなく、姫川が好きだとすんなり認めることができた。『好きになった相手がタイプ』……そういうことだったんだと思う。
なんやかんやあって、奇跡的に姫川と付き合うことはできたけど、俺と違って、姫川はいろいろと葛藤しているようだった。ただ、嫌われたり、気持ち悪がられたりはしていないと思う。そうじゃなきゃ、とっくに疎遠になってるだろうし、仲直りのキスをしてくるわけがない。――俺達の関係は、少しずつ前に進んでいる。
だけど、一度も想像したことはなかった。
姫川環という存在が、この世からいなくなってしまう可能性があるということを。
闇雲に走る姫川の背中を追いかけ、もう少しで手が届くというところで、姫川は俺の目の前から消えた。その時、初めて知った。姫川が永遠に俺の側にいる未来が確約されていないことを。愛しくてたまらない存在が、死んでしまうこともあるのだということを。
「姫川ぁーーーー!!」
俺が駆け寄った時、すでに姫川の姿は見えなくなっていた。