「よーし! それじゃあ、到着した組から『カレー班』と『テント班』に別れて作業開始しなさい!」
趣味が登山だという引率で現代文教師の
疲労に加えて、気分が激萎えしているオレ達2―9は、ぶうぶう文句を言う。
「もう少しだけ、休ませてくれよ〜〜」
「もう15分も休憩しただろう!」
「鮴岳センセ。お願ぁ〜い。もう5分でいいから、ゆっくりさせてよぉ〜〜」
「駄目だ! 山の天候はいつ崩れるか分からない! 晴れていて、体力が残っているうちに、寝場所を確保することが大切だ!」
「……それ、ただのキャンプじゃないですよね? 登山のキャンプの話をしてますよね?」
「日が暮れ次第、テントに戻り就寝する! 山に明かりなんてものはない! 懐中電灯の電池残量の確認を忘れるな! 明かりを無くすことは『死』を意味する!!」
「え? 登山? やっぱりうちら、登山してんの??」
「『死』とか言ってる……マジで電線通ってねぇーし、ヤバいんだけど……」
オレと王路は、鮴岳とクラスメイトたちの話を聞いて、萎え――てはいなかった。寧ろ、急にウキウキしてきた。特に、王路が。
「姫川! 俺たちはカレー担当だ! さっさとカレーを作っちまおう! 夜が俺とお前を待ってる!」
「……何言ってんの? お前」
王路がこれだけやる気に満ちている理由を、オレは思い出した。
『困ってる『姫』を助けたんだ。もちろん、
あれかーー!!
「まさかあの王路が、そんなに『ごほうび』を楽しみにしてるなんてな……」
オレは意外だなぁ、と思いながら、1個だけ残ったジャガイモ入りのバケツを持って、炊事場に向かったのだった。
――謎の山、炊事場。
てっきり『火起こし』の練習でもさせられるのかと思っていたら、鮴岳に手渡されたのは、『ファイヤースターター』という着火道具だった。
鮴岳に使い方を教えてもらったオレは、着火剤に向かって
「ぃ、やった! オレって天才〜〜! フゥー!」
俺は上機嫌で火種を、鮴岳が組んでくれた薪の下に「あちち!」と突っ込んだ。すると、細い木から太い木へ火が点いてって、テレビで見たことがある焚き火が完成した!!――何度も言うけど、これホントにレクリエーション? ガチめのキャンプだよね?
「おーい! 火ぃついたぞー!
オレが声をかけると、米係の女子たちが、わらわらと集まってくる。――よし! ここはいっちょ、男らしいところを見せて……。
「ちょっと『姫』! 火なんか扱ったら危ないって!」
「そうそう! うちらが火の番やるから、『姫』は『王子』のそばでお鍋混ぜてなよ〜」
「火傷しないように気をつけてね」
「いや、でも、寧ろ火傷をしてくれた方が……」
「キャー! 『王子』が心配して、『ちょっと来い』とか言って水場まで連れて行くんでしょ〜〜?」
「そうそう! それで、『綺麗な手に傷が出来たじゃねーか』って言って、怒ってぇ」
「何それ、ヤバーイ!」
――うん。ヤバいのは、君たちの頭ね。
オレの事など眼中になくなってしまった女子達は、いつもの妄想トークで盛り上がっている。――てか、ここに来てまでする話!?
「……じゃあ、火の番……頼みます」
「「「「はぁ〜〜い」」」」
――返事はいいけど、不安でしかねぇ! 米焦がすなよ!!
頭がちょっとアレな女子4人組に見送られて、オレは炊事場へやってきた。するとそこには、左右に女子をはべらせた王路の姿があって、それを見たオレの心臓がチクッと痛んだ。――ん? なんだ今の。
オレが夢見る、ハーレム状態の王路。王路に嫉妬して腹が立つはずなのに、何故か胸の辺りがもやもやして泣きたくなってしまった。そして嫉妬の矛先が、王路ではなく、女子達に向かっていることに気づく。――なんでだよ。お前の隣はオレの場所だろ? やすやすと女に渡してんじゃねーよ!
オレは明るく声をかけることも、怒鳴ることもできなくて。すると余計に胸がモヤモヤして、イライラしてきて、喉の詰まりを感じた。
「……水。水、飲みにいかねーと」
オレは息苦しさをどうにかしたくて、水飲み場に向かった。だけど、どうやら闇雲に走ってきてしまったようで、キャンプ場から離れた所に来てしまっていた。
「あれ? ここ、どこだ……?」
草や木が茂っているせいか、まだ昼過ぎなのに、太陽の光が届かない。オレは薄暗い森の中に迷い込んでしまったらしい。
「は、はは……マジかよ……漫画やドラマじゃあるまいし」
俺は舗装されてない道を引き返そうとして、地面から浮き出ている木の根に、左足を取られてしまった。
「うわっ!」
よろめいて尻餅をつくと、草の生い茂った地面についた手が、ズルッと下に滑った。「え?」と声を上げた瞬間、オレの身体は、
「うわぁあああああ!」
まばらに生えた木の間を滑り落ちていったのだった。