4月も終わりに差し掛かった頃。
オレと王路が通っている私立高校では、『校外学習』という、1年生と2年生が親睦を深める行事が行われる。
そして、お出かけ日和の今日が、その校外学習の1日目だ。
今は、クラスごとに分かれてバスに乗り、学習センターへと向かっている途中である。
わりと規則が緩いうちの高校は、『おやつ』としてお菓子を持ってくることが許されている。金額は決まっていないので、いろんなお菓子を持ち込み放題だ。
学習センターへと向かうバスの中では、生徒たちが好きな席に座って、友達同士でお菓子をシェアしながらくっちゃべっていた。
「1泊2日の校外学習とかだりぃ〜〜」
と、面倒くさそうに言う男子の声が聞こえたと思えば、
「ねえねえ! 夜は皆で恋バナしよーよ!」
と言って、ウキウキと全力で行事を楽しもうとする女子の声も聞こえる。
そういうオレも、校外学習を全力で楽しもうとしている派だ。
「王路。お前さ、テント張ったことってある?」
「……ない」
「オレもオレも〜! じゃあさ、カレー作ったことは? あっ、一人でだぞ?」
「……ある」
「へぇ〜。お前って料理できるんだな! 今夜のカレー係は王路で決まりだな!」
「……姫川」
「ん? なんだ? お前もなんか楽しみにして――」
「……うるさい」
絶賛、乗り物酔い中の王路は、気分が悪いうえに機嫌が悪い。養護教諭のおばちゃん先生から貰った酔い止めが、まだ効いてきてないらしい。
「王路、お前さあ。1年の時はバス酔いしなかったよな?」
王路は反応を返すのもおっくうみたいで、視線で肯定してきた。
「やっぱあれじゃね? 1年の時、ボールが耳に当たってさあ、鼓膜破裂したじゃん? それで三半規管イカレちまったんじゃねーの?」
――まあ、知らんけど。
王路はどうでもよさそうに頷いた後、とうとう体操服の上着を頭から被った。『もう、話しかけんじゃねー』と、行動で拒絶されてしまったオレは、何もすることがなくなってしまった。
「ちぇっ。『彼氏』だったら、オレのこと、放っておくなよな……」
誰にも聞こえないように小声で呟くと、オレも体操服の上着を被ってふて寝した。
――バスに乗って1時間。
オレ達2年生は一歩リードして、1年生よりも早く、学習センターに到着した。
オレはクラスメイト達の流れに乗って、バスからアスファルトの上に降りた。そして、自然いっぱいのきれいな空気を大きく吸い込んだ。
「ぷはーっ! 空気うめえ〜! 去年は雨だったから、晴れてマジよかったな!」
オレの隣にやってきた王路が、そーだったか? と首を傾けてオレを見た。
「……あっ、あ~〜! そっか、そっか! 去年の郊外学習ん時って、お前、別クラに彼女いたもんな〜〜。そりゃあ、周りの景色楽しめねーよな? 可愛い彼女の顔を見るのに必死で!」
さっきまで真っ青な顔をしてたくせに、バスを降りた瞬間、別クラの女子達にキャーキャー騒がれる王路が羨ましくて、オレはつい嫌味を言ってしまった。――オレだって、女の子にモテてみたいんじゃっ!
「あっ! 見て、アレ! 『姫』が拗ねてる〜、尊い〜〜!」
「『王子』と喧嘩でもしたのかな?」
「も、もしかして! バスの中で『王子』にイタズラされちゃって、そのせいで『姫』がご立腹なのでは!?」
「……ありえる! きっと『王子』に『お前は寝たフリしてろ』って言われて〜〜! 『王子』の手が『姫』の体操服の中に入っ」
オレは聴こえてくる声を、耳をふさいでシャットダウンした。――相変わらず、なんなんだ、あの女子達はっ! 会話の内容が怖いんだよ! もはやホラーと言っても過言ではない!
「くそっ! あの女子達の存在を忘れていた……っ。オレはキレイな身体と精神で、明日のバスに乗って家に帰ることができるのかっ!?」
――いや。出来ないと困るんだけどね。うん。
オレが真剣に悩んで頭を抱えてるって言うのに、隣に立つ『王子』はニヤニヤ笑って楽しそうにしてやがるっ! 「お前なんて呪われろ!」と、オレは王路を睨みつけた。
「ハハッ! 物騒なこと言うなよ、『姫』。……ん? 『姫』は虫が怖いのか? じゃあこの『王子』が守ってやらねーとな?」
「誰も、んなこた言ってねーだろが! それに、虫が怖いのはお前の方だろ? 『お・う・じ・さ・ま』!」
「違う。俺は虫が怖いんじゃない。『気持ちが悪い』んだ」
「ようは『苦手』ってことだろ?」
「そうとも言うな」
――どっちも大して変わらんだろーが! よし、今決めた。王路が寝てる間に、テントの中に虫を投入してやるからなァ……楽しみに待っとけよ!!
オレは楽しみがまた1つ増えたことが嬉しくて、隣の王路を見上げて、にっこり笑った。「な、なんだよ、急に」と、王路は顔を真っ赤にする。「別に? 王路といろいろ出来そうで、楽しみだなーと思って」と言って、オレはニシシと笑って見せた。
「い、いろいろ……って?」
「いろいろは、いろいろだって! まあ、今夜は楽しみにしてなってこと!」
「こ、今夜!? い、いろいろ、と……? ……マジか」
隣の王路が、なんかブツブツ喋りながら、顔を真っ赤にさせてる。……気味が悪いので、オレは放っておくことにした。
それから、オレと王路はバディを組んで、引率の先生に着いて行く。オレは、王路が泣き叫ぶ顔を想像しながら、テントスペースまでの山道を登ったのだった。