王路が無事に復活して、また2人での登下校が始まった。
早朝に王路が迎えに来て、一緒に駅まで歩いて電車に乗る。そして学校に着いたら自主練をして授業を受ける。昼飯の時間は、屋上階段で一緒に食べて、放課後はバスケのチーム練。そして一緒に下校する。もちろん帰りは、王路が家まで送ってくれる。――今までとあまり変わらないようで、確実に『彼女』扱いを受けている。嫌じゃないけど、どうしてオレが『彼女』ポジなんだ!? 背か? 背が低いからか!? ……解せぬ。
そして今日は、コーチの都合で放課後の練習が休みになり、同じ男バスのメンバーが喜々として「遊びにいこーぜ!」と言っているのを聞きながら、オレと王路は教室に居残っていた。
「なあ、王路」
「ん? なんだ?」
「休んでた間のノートくらい、家に帰ってから写せばいーじゃん。せっかく早く帰れるのに……」
オレは文句を言いながら、自分がまたいで座っている椅子を、ガタガタと揺らした。「コケて怪我したら、退学になるかもしれねーぞ」と、王路に言われて、オレはスンと動きを止めた。
「……スポーツ推薦で入学したのに、部活サボったりしてばっかいたら、退学処分受けるって噂ほんまかな?」
「さーな。何年か前に退学勧告受けたやつが、それ無視してサボってたら退学になったって話、マジらしいけどな?」
「ふーん。……怪我しないように気ぃーつけよ」
「おう。そうしろ」と言って、王路はノートの書き取りを再開する。
オレはその様子を眺めながら、で? と話しかけた。
「なんでオレまで居残りしなきゃなんねーの? ノートなら貸してやるのにさぁ」
オレがぶうぶう文句を言っていると、あのなぁ、と王路がノートから顔を上げて両目を細めた。
「お前、ちょっとは黙ってられねーのか」
「だぁって、暇なんだもん」と、オレは唇を尖らせる。
「……もん、とか言うな。かわいーから」
王路のこの変わった思考にも慣れたもんで、オレはその言葉を無視した。――いちいち気にしてたら、こいつと一緒にいられねーからな。……1日に1回は絶対に言うから、コイツ。
「で? で? なんでなんだよ?」
王路は、ハァとため息を吐いて、器用に喋りながら書き取りを続けた。――うわ。コイツ、マジすげえ。聖徳太子か! ……アレ? なんか違うな。
「……だってお前、俺が引き止めなかったら、男バスのメンバーと遊びに行ってただろ?」
オレは目をパチパチと瞬きした。
「そんなん、当ったり前じゃーん! ぜってー、楽しいの確定してんじゃん!」
「……そー言うと思ったわ。行かせなくて正解。俺、えら」
俺は納得が行かなくて、なんだよそれ! と王路から自分のノートを奪い取った。
「あっ! おまっ、何すんだよ、姫川!」
「だってこのノートはオレのだもーん」
オレはベロベロバーをして、ノートを持ったまま教室内を走り回った。
「ノートが欲しかったら奪ってみろよっ」
ノートを片手で持ってひらひらさせて、オレはニシシと笑った。――やっと楽しくなってきたじゃーん!
「ほらほらこっちだよ〜」
オレは教卓の後ろに立って、腰をふりふり振った。何故が王路の動きが一瞬だけ止まったけど、自分の右頬をパン! と叩いて気合を入れていた。――何やってんの? お前。
とにかく、ノート奪還ゲームの開始だ!
オレは身体の小ささと細さを武器に(泣いていいかな?)、ちょこまかと逃げ回る。始めは真面目に追いかけてきていた王路だったけど、流石にキレたのか、裸足になって机の上を移動し始めた。
「おいっ、おま……! ソレは卑怯じゃね!?」
「あ? 『机を伝っちゃいけません』なんてルール、あったか?」
「ねーけどぉ〜!」
状況は圧倒的にオレの方が不利になって、そろそろヤバイと思った瞬間に、王路が後ろから抱きついてきた。
「つっかまえた〜、俺の勝ち〜」
ピュウ! と勝者の口笛を吹いた王路に、オレはニヤリと笑った。
「まだ勝負はついてねー!」と、オレはインナー代わりに着ているTシャツの中に、ノートを隠した。腹を守るために身体を丸める。
「ひ、姫川っ! お前、なんつーとこにノートを隠してっ」
動揺した王路に向かって、オレは得意になって、フンと鼻を鳴らした。
「取れるもんなら取ってみろよ?」
王路を挑発すると、突然、王路の目が据わった。――え? もしかして、オレ。危ないやる気スイッチ押しちゃった?
「やっべ……!」
オレはすぐに、王路から距離を取ろうとしたけど、王路の長い腕に簡単に捕まってしまった。だけど王路は、オレを後ろから抱きしめたまま動かない。――コーレはヤバイ。助けて、◯ンパ◯マーン!
オレは自分の心臓が恐怖でドキドキするのを感じながら、インナーの中からノートを取り出そうとして――その動きを止められた。え、なんで?
「ご……ごめんって、王路。今すぐにノート返すか、」
「俺が自分で取るからいい」
「へぇあっ!? ちょ、ソレどういう意――」
味だよ、と言おうとした時には、何故がオレは机の上に押し倒されていた。――どんな早業?
お腹のノートを押さえていた両手を掴まれて、王路の大きな手で両手をひとまとめにされてしまった。これはマジでヤバイ! と思ったオレは、身体を揺らして、インナーに隠したノートを床に落とすことに成功した。
「ほっ、ほら! ノート! 床に落ちたから拾えって!」
王路はオレの言葉を無視して、身動きが取れないように、両足の間に身体を割り込ませてきた。そして王路の左手がインナーの中に入っていこうとする。オレはその様子を見ながら、何度もやめてくれと懇願したが、王路のやつは聞いちゃくれない。
「おっ、おうろ……ここ、がっこう……」
「知ってる」
「あ、あやまるからぁ……や、やめ、」
「やめねー」
王路は見たこともない男臭い表情をして、オレの服の中に手を入れ――
――ガラララッ!
教室の扉が開いて、一人の女子と目が合う。オレと女の子は、あ、と声を上げた。そして、
「……お、お邪魔しました〜!」
――ガラララッ! ピシャン!
「おっ、お邪魔しましたって、何が!? なんなのあの子!! なんで扉閉めてくの!?」
オレの脳は混乱状態に陥った。そして気がつくと、王路は何もなかったかのように床のノートを拾い、自分の席へ戻っていった。
「なっ、なっ、なんなんだよもーっ!!」
オレの叫びにこたえてくれる者は、誰もいないのだった。