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第10話 お見舞い ①

 結局あの日は、王路のかーちゃんと連絡が取れて、仕事を早退して病院まで迎えに来てくれた。――ちなみに、スッゲー美人だった! そりゃ、あのかーちゃんの遺伝子受け継いだら、王路がイケメンなのは仕方がない!


 オレは養護教諭のおばちゃん先生と一緒に王路を見送ったあと、おばちゃん先生と別れて、退勤してきたかーちゃんの車に乗って帰宅した。






 ――そして、翌日の早朝。


 オレは朝の自主練を休むつもりで、朝6時半という珍しい時間に王路のマンションに見舞いに来ていた。――だって、放課後は部活があるし、部活帰りだと遅い時間になっちまうからな。


「一応、王路に◯INEして確認したら『OK』って返ってきたから……まあ、大丈夫だろ!」


 何度か遊びに来たことがあるのに、『彼氏』の見舞いに来たって思うと、なんか知らんが緊張する。


 オレはマンションのエントランスに入って、機械に王路んちの部屋番号を入力した。するとしばらくして、はい、と王路の声が聞こえてきた。


「あっ、もしもし。オレです、姫川です」


『プッ。もしもし、ってなんだよそれ。しかも敬語になってるし』


「うっ、うるせーな! 慣れてねーんだよ、こういうの!」


『クックッ、あーおもれぇー。あ、今、オートロック解除したから。早く上がってこいよ。じゃな』


 笑うだけ笑った王路に、一方的に通話を切られたオレは、『相手は病人』と思うことで怒りの気持ちを抑えた。――そうだ。むしろ、あれだけ喋れるようになっていることを喜んだ方がいい。


 オレはエントランスを抜けてエレベーター前に立つと、エレベーターが降りてくるのを待つ間に、少しだけ昨日の王路の姿を思い出した。


 両目を閉じて、弱っている王路の姿を思い浮かべて、むむむっと脳にインプットする。


「――よし! アイツは病人! オレはそのお見舞い! 喧嘩しないっ」


 自分にしっかりと言い聞かせて、いつの間にか到着していたエレベーターに、オレは急いで乗り込んだ。


「……エレベーターに乗ると、なんであんなに気まずくて、無言になっちまうんだろう。あと、なんでかビミョーに怖い」


 とかなんとか、どーでも良いことを一人で喋っていたら、目的の階にエレベーターが止まった。オレはスポーツバッグを肩にかけ直して、エレベーターから降りる。――えーっと。王路んちは、エレベーターから降りて左側……だったよな?


 オレが左に向かって歩き出した時。


 「おい! どこ行くんだよ、姫川。俺のうちはこっちだろーが」


 何故か、後ろから王路の声が聞こえてきて、オレは驚いて振り返った。すると中途半端に開けたドアから顔を出して、ゲラゲラ笑っている王路と目が合った。――どうやら右側だったらしい。


 オレは意味のない咳払いをして、方向転換した。は、恥ずかしいよぉ〜〜!!


 こっちを覗き見ながら、ひーひーと腹を抱えて笑う王路の姿を見て、オレは少しだけ王路の体調が心配になってきた。――こいつ、熱のせいで、ハイテンションになってるんじゃないのか……?


 オレは王路の元にたどり着くと、なんの前置きもなしに背伸びをして、冷却シートが貼ってある王路の額に自分の額を当ててみた。


「なっ、おいっ、姫川っ!?」


「んー? なんだ?」


「急になにすっ……」


「おい! てかお前。まだ熱高ぇじゃねーか!」


 オレは王路からバッと額を離すと、笑っていたせいか、一気に体温が上昇している熱い背中を押して一緒に玄関に入った。


「ったく。昨日あんだけしんどそうだったのに、半日でケロッとしてるから、変だなって思ったんだよな。まあ、オレのかーちゃんは、大体一日で熱が下がるって言ってたけど。」


 ――個人差ってあるしな!


 事前に◯INEで聞いていた通り、王路のかーちゃんは仕事に出かけて居なかった。王路のとーちゃんは海外赴任中。


 「そんじゃあ、お邪魔しまーす」と、オレは靴を脱いで家に上がった。――あ。脱いだ靴はちゃんと揃えたぞ。オレのかーちゃんはしつけに厳しいからな!


「おい、王路。早く部屋に戻って横になれ。お前、また昨日みたいに苦しい思いをしてぇのかよ?」


 廊下を歩いてリビングの扉を開けると、おしゃれなテーブルの上に、お見舞い品の数々を置き並べていく。だけど王路はリビングにやってこない。


「何やってんだ? アイツ」


 オレは、荷物を全部リビングに置いて、玄関まで小走りで戻った。すると王路は玄関で、頭を抱えてうずくまっていた。


「王路!!」


 昨日のぐったりとして意識のない王路の姿を思い出したオレは、自分のスリッパを脱ぎ散らかして、急いで王路に駆け寄った。


「王路、王路? 大丈夫か? もしかして、またしんどくなったのか? オレが支えてやるから取り敢えず立とうぜ。春だけど、朝はまだ冷えるから、身体に良くないだろ?」


 オレは王路の腕を、自分の肩に回した。そして立ち上がろうとした時、王路が真っ赤な顔をして、潤んだ目でオレを見てきた。


「……と、思った」


 最初の方の言葉が掠れてしまって聞こえなかった。「もう一度いってくれ」と、オレは王路の口元に耳を近づける。


「キス、されるかと思った」


「はぁ!? おまっ! そんなことで、じっとここに座ってたんか? そんなうっすい生地のパジャマ1枚で!? てか、キスだったら、もう2回もしてるだろーが!」


「いや……自分からするのと、お前の方からしてくるのとじゃあ、破壊力の違いが、」


「破壊力ってなんだよ!? 意味わかんねーよ。日本語を喋ってくれ! もぉ〜、お前って……普段はしっかりしてんのに、こういう時はポンコツだな!!」


「ハイ。スミマセン。俺は、ポンコツです」


 しおらしく謝ってきた王路の姿を見て、オレは思った。――素直な王路。可愛すぎじゃね?

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