待ちに待った昼飯の時間がやってきた。
オレはスポーツバッグから弁当の包みを取り出して机の上に置くと、前の席に座りに来る王路のことを、いつものように待っていた。だけど、数分経っても王路は来ない。
「王路の奴、トイレにでも行ってんのか?」
きょろきょろと教室内を見回して、やっと原因が分かった。朝の騒ぎのせいだと思うけど、王路を正義のヒーロー=イケメン男子と勘違いした女子達が、彼女ポジを狙って
「ねえ、ねえ。王路修人君っている〜?」
「王路君、呼んでもらえませんか?」
「王子様〜! どこぉ〜?」
王路は、各クラスの女子達から逃げて、どこかに隠れているんだろう。――きっと今頃、腹をすかせてるはず。
「……仕方ねえなぁ〜」
オレはスポーツバッグに弁当をしまって、空気のように教室内を横切っていく。なんとか無事に王路の机にたどり着くと、王路のスポーツバッグの中からパンの袋を取り出して、自分のスポーツバッグの中に詰めていった。――相変わらず数が多い! 菓子パンだけで6袋かよ!?
「王子様ぁ〜! どこぉ〜?」
「おべんと一緒に食べようよー」
「王路くぅ〜ん」
各教室や廊下など、王路を探し回るハイエナ女子達の横を、オレは気配を消して通り過ぎる。気を抜くと『姫』のオレまで捕まってしまうかもしれない。――なぜか『王子』と『姫』はセット扱いされてるからな!
それにしても不思議なことに、オレに近寄ってくる女子が全くいない。『姫』のオレを囮にすれば、王路はすぐに姿を見せるだろうに。これももしかしたら、朝の騒動が原因かもしれなかった。
「……王路と仲良くなりたいんだったら、オレに手ぇ出すのは逆効果だって、情報に敏感な女子なら知ってるか」
オレはどうにか上手く2年生の階を抜けて、3階に続く階段を駆け上がる。そうすると1年生の階に着くので、更に上の4階を目指す。そして最後に、屋上へ続く階段を上りきると、昨日オレが座っていた場所に王路が座っていた。
オレは息を弾ませながら、残りの数段をゆっくり一歩一歩上っていく。ぐったりと俯いていた王路が、オレの足音に気がついて、ゆるゆると顔を上げた。
「おう。……よくここが分かったな」と、王路は力なく笑う。その満身創痍の姿を見て、オレは苦笑いするしか出来なかった。――モテるって、命がけなんだなぁ。
階段を上りきったオレは、肩に掛けていたスポーツバッグを踏板の上に下ろした。それから当然のように、王路の隣に座る。
「お前だって、すぐにオレを見つけたじゃんか。オレにだって、お前が行きそうな場所くらい、予想がつくんだよ」
「オレ様を甘く見んなよ!」と、オレはニシシと笑う。『バーカ』の一言でも返ってくるかと思ったけど、予想は外れたようで、王路は何も言ってこない。――よっぽど精神的にキたんだな。確かに、あのハイエナ女子達の目はギラついていて怖かった。
王路のことを心の底から不憫に思いながら、オレはスポーツバッグを膝の上に置いて、ファスナーを開ける。
「じゃーん! 見てみろ。お前の昼飯持ってきてやったぞ」
「感謝しろよな〜」と、パンの袋を取り出そうとしたら、いきなり王路に横から抱きしめられた。
――えっ! そんなに感激すること!? そうか。よっぽど腹が減ってたんだな……かわいそうに。
「……王路、もう大丈夫だからな。安心しろよ」
オレがお前のパン、全部持ってきてやったからな! そう言いたかったんだけど、言えなかった。――王路があまりにも強く抱きしめてくるから。
「王路? お前、大丈夫か?」
心なしか呼吸が荒い王路の額に手を当てると、驚くほど熱かった。
「王路……お前、熱あるぞ」
王路はぐったりしてなんの反応も返さない。
これはヤバい、と思ったオレは、平らな床に王路を横たえさせてから、急いで保健室に向かった。
「38度5分。……かなり熱が高いわねぇ。風邪の兆候は見られないし……一度、病院に行って診てもらったほうがいいわね」
養護教諭のおばちゃん先生は、体温計を消毒して片付けて、ベッドで眠る王路の元へ向かった。そして、日除け兼目隠しの薄いカーテンをシャッと開ける。
「王路くん。王路くん。今、喋れる? さっき、あなたのお母さんに電話してみたんだけど、繋がらなかったのよ。緊急連絡先も、お母さんの携帯番号になってるし……他に頼れる大人の人はいる? お父さんはどうかな?」
王路はぼうっとした目を先生に向けて、力なく首を左右に振った。
「困ったわねぇ」と、おばちゃん先生がため息をついたので、オレはそろ〜っと右手を上げた。
「先生。オレ、こいつとめっちゃ仲良くて。しかもオレの母ちゃん、看護師なんです。先生に時間があればなんすけど、片道だけかーちゃんが勤めてる病院に送ってもらって、あとは王路のかーちゃんと連絡がつくまで、オレんちで預かるってのはどうっすか?」
おばちゃん先生は、そうねえ、と言って担任に連絡を取った。緊急事態ということで、なんとか許可がおり、オレは王路の付き添いで早退することになったのだった。