オレと王路は、いつも通りに朝の自主練をこなして、女子達に騒がれながら教室へ向かった。
「……やっぱり、おかしい」
「あ? 何がだ?」
オレの独り言を聞き取った王路が首を傾けて聞いてきたけど、オレは「なんも言ってねーよ」と嘘をついて誤魔化した。
おかしい、おかしい、と首をひねりながら教室にたどり着く。すると毎朝のごとく、いつものメンバーが教室の扉の前でたむろっていた。
「はよーっす」と、王路が言う。「おう。王路はよー」と挨拶が返ってきて、王路は教室に入っていく。オレも王路に続こうと挨拶をしたら、何故か足で通せんぼされてしまった。
「ハァ? なんのつもりだよ、お前」
オレが若干キレ気味に言っても、男子連中はニヤニヤしたままだ。無理やり通ろうとしても、他の連中が妨害してくる。イラッとしたオレは、教室の後ろのドアに向かったけど、そこは吹奏楽部の女子のたまり場になっていて、女子に苦手意識を持つオレは引き返すしかなかった。
イキってキレていたくせに、すごすごと尻尾を巻いて戻ってきたオレを見て、男子連中はギャハハハ! と腹を抱えて笑っていた。――マジ、なんだコイツら。バリ、うぜぇ。
オレはもう一度、教室の敷居を跨ごうとしたけど、やっぱり道を塞がれてしまった。――こいつらサッカー部の連中。悪い奴らばっかじゃねーんだけど、うぜぇことばっかしてくんだよなぁ。
「……どうやったら通してくれんの?」と、仕方なく聞いてみた。すると、
「お姫様はお金持ちなので、通行料500円頂きまぁ〜す」
と言われた。――はぁ!? マジ、くだらねー!!
オレは内心カチキレそうになりながら、ここは大人になって付き合ってやるか、と思ってエア500円玉を手渡した。しかし――
「おい、姫川。ケチってんじゃねーよ。はよ、500円寄越せって」
と言ってきやがった。「はぁ? なんでお前にマジで通行料払わねぇといけねーんだよ?」と、オレはキレ気味に言った。すると相手も本気になってきて、もうちょいでつかみ合いの喧嘩に発展するか、と思った時。
「おー。そう言えば、俺の荷物忘れてたわ」
と言って、王路がオレの両脇に手を差し入れ、ヒョイッと軽々持ち上げた。オレは無事に教室へ入れたけど、突然のことに思考が追いつかなくて、ほんの一瞬放心状態になった。それからハッと正気を取り戻したオレは、王路に礼を言おうとしたんだけど、さっきまで隣りにいたはずの王路がいない。
「どこ行ったんだ?」
と首を傾げた瞬間、キャーッ! と女子達の悲鳴が教室と廊下に響き渡った。クラスメイト達の視線を追っていくと、王路がさっきの男子を廊下の壁に押し付けて、そいつの顔の横にダン! と足ドンをかましていた。――王路は背が高いし、足もデカイから、下手したら相手の顔面を踏み潰しかねない。
オレはとっさに、キレちまってる王路の腰に手を回して抱きついた。――こいつ、筋肉量が半端ねぇ! オレの両腕が回りきらねーぞ!?
なんて内心の動揺を隠して、オレは王路をなだめることにした。
「おっ、王路! 助けてくれてサンキューな! オレはなんともねーから、そいつのことは許してやってくれ」
「あぁ?」と、低い声を出した王路だったが、自分の身体に回されたオレの腕に気づいて正気を取り戻したようだった。
王路はゆっくり壁から足を離しかけ、もう一度、ダン! と足ドンをかましていた。――正直、見ていてめちゃ怖い。
2回目の足ドンをされた男子は、廊下の壁に背中を預けたまま、半泣き状態でズルズルと床にへたり込んだ。その姿を見て怒りが収まったのだろう。王路は、フンと鼻を鳴らして、今度こそ脚を床におろした。
「……今回は姫川に免じて許してやる。けど、次同じことしやがったら許さねーからな!」
「行くぞ、姫川」と、王路はオレの肩を抱いて教室に入っていった。そして、オレと姫川は、それぞれ自分の席にたどり着く。
高校に入学して以来、王路とはほぼ毎日一緒にいるけど、さっきみたいにキレたところを見たのは始めてだった。
「オレの彼氏、クソかっけぇ……」
オレは自分の胸がドキドキして、頬に熱が集まってくるのを感じた。――オレ、女の子が好きなはずなのに、王路に惚れちゃいそう。
そんなことを考えながら、ぼうっと王路を見ていると、奥二重の切れ長の目と目が合ってしまった。
「ヤッべ」
――見惚れてたのがバレてませんよーに!!
心の中で、神様に祈る。しかし、現実は甘くない。
オレがスポーツバッグを机の横のフックに掛けて、椅子に座った頃に、王路が隣にやってきてしゃがみ込んだ。そして、オレにだけ聞こえる声量で話す。
「彼氏にみとれてんじゃねーよ。付き合ってるって、バレちまうぞ?」
「ま、俺は別にかまわねーけど」と、楽しげに笑う王路を、オレは苦し紛れにキッと睨みつけた。すると王路は一瞬、目を丸くしたあと、口元を片手で覆ってフハッと吹き出した。
「姫川、お前、なんつー顔してんだよ」
「は、はぁ? なんのことだよ」と、素知らぬ顔をしたけど、時すでに遅し。
王路はクックッと笑った後、オレの耳元に口を寄せてきた。
「顔、真っ赤だぞ? 今すぐキスしたくなるから、その顔やめとけ」
と言って、上機嫌で自分の席に帰っていった。その後ろ姿をポカンとして眺めたオレは、王路に言われた言葉を思い出して、机に突っ伏したのだった。