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第6話 満員電車

「わー! 待って、待って! オレら乗りまーす!」


 『駆け込み乗車はおやめください』のアナウンスを完全に無視して、オレと王路は電車に全力で駆け込み乗車した。すし詰め状態の車内に、無理やり身体をねじ込む。肩に掛けたスポーツバッグが、挟まれるか挟まれないかのスレッスレで、電車のドアがプシュゥ〜と閉まった。


「ぎ、ギリセ〜フ!」


「『ギリセーフ』じゃねーよ。明日からはもっと余裕を持って準備しとけよな」


 乱れた呼吸を整えながら、王路は呆れたように、ため息混じりに言った。「お、おう」と言って、オレは俯く。――明日も迎えに来るのか!? そ、そりゃそうか。オレたち付き合ってるんだもんな!?


 オレは、走ったのとは別の理由でドキドキする心臓の音が、どうか王路に聞こえていませんように! と祈りながら電車に揺られる。自分のことにばかり気を取られていたオレは、電車が大きく揺れた時にバランスを崩して、王路の胸に顔から突っ込んでしまった。


「うぷっ」


 王路の胸に縋り付く体勢になってしまったオレは、急いで体勢を戻そうとした。


「うっ、ふっ、……アレ?」


 車内が人でぎゅうぎゅうのせいで、身体を真っ直ぐ起こすことができない。――くそっ! このおっさんの鞄さえ背中に当たってなかったら!


 必死になって動いているうちに、オレらを取り巻く人達の視線が冷たいものに変わっていく。そこでようやく、オレの行動が周りに迷惑をかけていると知り、オレは消え入りそうな声で「スンマセン」と言った。


 オレが動くのを止めたことで、車内に穏やかな空気が戻ってきた。よかった、よかったと内心ホッとする。――でも、なんの解決にもなってねーんだよなぁ〜〜。


 制服越しとはいえ、真正面から王路と抱き合っているような体勢でいることが、恥ずかしくてたまらない。


 王路もきっと迷惑してるはず……。


 オレは、とりあえず謝ろう――オレのせいじゃねーけど――と首をわずかに傾けて、王路の顔を見上げた。


「王路。マジでごめ……ん、な……」


 オレは見上げた体勢のまま、王路の整った顔に釘付けになってしまう。


 「……おう。気にすんな」と、王路は言ったが、気にしないなんて無理だと思った。だって――


「おまえ……顔、真っ赤じゃん……」


「うるせぇよ」


 お互いに身動きが取れないので、王路は顔を隠すことができず、ふいっと顔をそらした。そして今気づいたのだが、王路の胸に右耳を当てていると、心臓の鼓動がドクドクと早く聞こえてくる。――これはきっと、走ったせいじゃない。


 もしかして、王路もオレと同じように、オレのことを意識して……?


 そう思った瞬間、胸の奥がキュンと鳴った。


「?」


 たった一瞬の間に感じた、心臓を鷲掴みにされたような、甘い痺れに似たナニか。


 オレは自分の身に何が起こったのか分からず、こてんと首を傾けた。


「……それ、やめろよ。姫川」


「それ、って何が?」


「その、首をひねるやつだよ」


「首をひねる??」


 王路が何を言おうとしているのか、全く分からなくて、オレは首を傾げる。


「それ。それだよ。お前が今やってるやつ」


「えぇ?」


 段々とイライラしてきたオレの様子に気づいたのか、王路は「もういい。お前、じっとしてろ」とため息を吐いた。――なんだ、ソレ。意味わかんねー。


 さっきまで胸がドキドキしてたのに、今は胸がモヤモヤする。


「……ったく、なんなんだよ。マジで」


 フンと鼻を鳴らして顔を反対方向に向けた時、電車の揺れで、微妙に体勢が変わった。今まで上半身だけ王路にくっついた状態だったけど、今度は下半身もくっついてしまった。――これは、マジでマズイ。


 そう思った時、オレのへそのあたりに、何か硬いものが当たっていることに気がついた。これって、まさか――


「……生理現象だ」


 王路の下半身の状態に集中していたオレは、掠れた低い声にビクッとする。


「そ、そっか。そりゃあ、仕方ないな」


 ――何が『仕方ないな』だっ!


 自分で自分にツッコミを入れて、オレは、電車が一刻も早く駅に着いてくれることを願った。






 電車が高校の最寄り駅に到着する頃には、オレのメンタルは疲労しきってボロボロだった。――なんかもう、家に帰ってベッドで寝たい。


 そう思ったあと、オレは王路の痴態を思い出して、頭をぶんぶん! と左右に振った。


 ――ベッドはマズイ! ベッドは!


 オレはあらぬ妄想をしかけてしまった自分の頬をビンタした。


「……なにやってんの、お前」


 電車の中でのことなんか無かったように、平然とした態度で見下ろしてくる王路を、キッと睨みつけた。


「お前のせいで朝っぱらから疲れた! 罰としてオレのスポーツバッグを持て!」


「はぁ?」


 突拍子もないオレの言葉に、マヌケな声を出した王路のアホ面を見て、オレはスッと胸がすくのを感じた。


「なーんつって。冗談だよ、冗談。早く学校行こーぜ」


 オレはケラケラと笑いながら、制服のポケットからネクタイを取り出して首に引っ掛けた。すると――


「まてよ、姫川」


「ん?」


「俺が結んでやる」


 「え」と言って、オレがきょとんとしている間に、王路は素早くネクタイを締めてしまう。その早業にポカンとしていると、オレらを見て、キャーキャー騒ぐ女子達が視線の端に映った。――不思議なことに、昨日までの嫌悪感や不快感を全く感じない。


 なんでだ? と思って女子達を眺めていると、目の前に王路が立ち塞がった。


「王路?」


「また気持ち悪くなったらいけねーから。お前は俺だけ見とけ」


 そう言って、王路はオレの手首を持って引っ張った。再び女子達が騒ぎ始めたのが見えたけど、オレは王路の言う通り、王路の背中だけを見て通学路を歩いた。


 学校が近づく頃には、手首が解放されてしまって、オレは少しだけ残念に思ったのだった。

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